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木守柿

木守柿

実った柿もほぼ取りつくされた。
柿の葉の紅葉は美しいがあっという間に散り落ちてしまい、今は「木守柿」が青空に際立つ。
柿好きといえば、正岡子規。無類の柿好きだったそうだ。
柿くふも今年ばかりと思ひけり」と詠んだ翌年亡くなった。
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」は特に有名だが、「渋柿や古寺多き奈良の町」など柿を詠んだ句は多い。

尊敬する中川大兄が17日、宇治の世界遺産「平等院」と「黄檗山萬福寺」に詣で、お土産に「お抹茶」を頂いた。
年を締めくくる「心を洗う癒しの旅」にと、毎年京都市の寺院に出向いているが、混雑を避けて今年は宇治にしたとのことである。宇治と言えばお茶、お心づかいに感謝感謝である。

「木守り」、来年もよく実がついてくれますようにと、実を一つだけ木に残しておく。
自然への感謝を捧げるという「神人共食(しんじんきょうしょく)」の一つである。

高松藩松平家には、千家に伝わる有名な利休の七茶碗の一つ赤楽茶碗「木守」が武者小路千家から贈られ、
伝えられている。初代藩主松平賴重は有名な水戸黄門(徳川光圀)の兄である。

千家と讃岐は少なからぬ縁がある。髙松藩生駒家の時代には表千家の開祖・宗左が生駒家の茶頭を務めている。お家騒動により改易、松平家に変わり、茶頭に就いたのが武者小路千家の開祖・宗守である。
明治維新による廃藩置県が実施されるまで高松藩の茶道指南を務めている。
歴代の武者小路千家当主が「宗守」を襲名する披露茶会には必ず「木守」が使用され、その際には武者小路千家から松平家に拝借の使者が立てられている。

この茶碗の名から高松には「木守」という茶菓子(三友堂)がある。
干し柿を使った餡を和三盆糖を塗った、ふやき煎餅で挟んだ格調の高い菓子である。
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[ 2018/11/18 17:42 ] 季語・歳時記 | TB(0) | CM(0)

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