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相撲

8月も今日で終わる。明日から秋である。
今日午後12時にまた一つ年を取る。
何故誕生日前日なのか?法律ではそうなっている。
昔とは違いちっとも嬉しくない。

うつくしき秋を名乘るや角力取 (正岡子規)

2カ月毎、年6場所行われている大相撲。
相撲、俳句では初秋の季語とされている。
角觝、角力、すまい、相撲取、力士、関取、辻相撲、宮相撲、大相撲、土俵、相撲柱、
相撲札、相撲触れ、相撲番付、櫓太鼓、土俵入り、全て秋の季語だ。

来月10日に大相撲秋場所が東京・両国の国技館で初日を迎える。

日本相撲協会によると、
「我が国の相撲の起源としては、古事記(712年)や日本書紀(720年)の中にある力くらべの神話や、宿禰(すくね)・蹶速(けはや)の天覧勝負の伝説があげられる。
相撲はその年の農作物の収穫を占う祭りの儀式として、毎年行われてきた。これが後に宮廷の行事となり300年続くことなる。
鎌倉時代から戦国時代にかけては武士の時代。武士の戦闘の訓練として盛んに相撲が行われた。織田信長は深く相撲を愛好し、元亀・天正年間(1570~92年)に近江の安土城などで各地から力士を集めて上覧相撲を催し、勝ち抜いた者を家臣として召し抱えた。
江戸時代に入ると浪人や力自慢の者の中から、相撲を職業とする人たちが現れ、全国で勧進相撲が行われるようになり、江戸時代中期には定期的に相撲が興行されるようになった。
やがて谷風、小野川、雷電の3大強豪力士が出現し、将軍上覧相撲も行われ相撲の人気は急速に高まり、今日の大相撲の基礎が確立されるに至った。
相撲は歌舞伎と並んで一般庶民の娯楽として大きな要素をなすようになった。
大相撲は、長い歴史の中で次第にルール化され、洗練され、様式化されてスポーツとしての形態を整え、我が国固有の伝統文化となったのである。
土俵入り、番付表、化粧廻し、髷、着物、相撲の取組。江戸時代と変わらぬ姿を、すぐそこで見ることができる大相撲」とある。

何故秋の季語なのか、
奈良・平安時代に毎年陰暦7月に宮中で相撲節会(すまいのせちえ)が行われたため、秋の行事ということになった。陰暦7月といえば、現在の凡そ8月、即ち秋の季語となったと言われている。相撲節会、相撲の節も秋の季語、全国から召しだされた力士が、天覧相撲をとることである。
最初の相撲節会は聖武天皇の736(天平6)年7月7日に行われた。七夕祭の余興だった節もある。桓武天皇の794(延暦12)年から毎年7月末に定期的に催されるようになった。これはかなり大掛かりな行事で、各県代表選手は7月26日に皇居の仁寿殿の庭で予選会に臨むみ、28日には紫宸殿前の本会場で、予選を勝ち抜いた40人による20番の取組が行われた。ここで優秀な成績を収めた勇者が翌29日に晴れの天覧相撲、決勝戦に出場したのである。当時は裸でなく、褌の上に袴をはき、狩衣(かりぎぬ)を着て取ったようだ。

香川県出身の関取は3人、元関脇の琴勇輝は十両に転落した。
天風、希善龍も強くなってもらいたい。活躍を期待したい。
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[ 2017/08/31 06:28 ] 季語・歳時記 | TB(0) | CM(0)