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山光澄我心(さんこうわがこころすむ)

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「山全体の美しい景色は、私の心を清らかに澄ませる」という意味である。
我々人間は古来、自然に対して畏敬の念を払い、四季折々の花鳥風月を愛で、
自然と共に生きてきた。
手つかずの自然は究極の美である。

特に雄大な山のような大自然と向かい合うと、心が澄み切るだけでなく、
小さな人間界をも離れてきます。 いわば師なのですね。

時あたかも“新緑”の季節です。
この自然が織りなす景色を見ていると心が澄んでいくような気がします。
今の時節にぴったり合う禅語ではないでしょうか。



この書は元高野山真言宗別格本山・神護寺住職、谷内乾岳(たにうち・けんがく
=1939年~2004年)猊下の直筆である。
勿論中川義博大兄が猊下から拝領したものである。

神護寺(じんごじ)は、京都市右京区高雄にある高野山真言宗遺迹(ゆいせき)
本山の寺院で、山号は高雄山。本尊は薬師如来、開基は和気清麻呂である。
弘法大師、空海は東寺や高野山の経営に当たる前に一時住した寺であり、
最澄もここで法華経の講義をしたことがあるなど、日本仏教史上重要な寺院である。

高雄といえば紅葉の名所である。
昭和も終わる63年の秋、大兄は紅葉も兼ねてこの寺を訪ねた。
紅葉は驚くほど見事だったが人また人でじっくり参拝できず、翌2月極寒の中、
再訪したのである。参拝客は誰もいなかった。

静寂の中、猊下は一人本堂で、お経を唱えていた。
合掌に合わせ“お鈴”を打ってくれ、そして本堂にどうぞと案内されたのである。

猊下は最澄が空海に頭を下げて教えを乞いにきたこと、
その後叡山の仕事が忙しくなり、次第に弟子をよこすようになったこと。
同時期に唐に渡り修業した二人、最澄は一足先に唐から帰国し、栄光の座についたが、
空海が密教文化の真髄を持ち帰り、やがて最澄がひざを屈することになり、
両者の間に破局が訪れたことなどを話して下さったのである。

わが国宗教史の上で重要な古記録、空海直筆の「灌頂歴名」(かんじょうれきめい)、
国宝であるのでレプリカであったが拝観できた。
812年冬と813年春に神護寺で空海から仏の位に達した人に与えられた人の歴名である。

最も驚いたことは、通常は非公開の多宝塔に案内されたことだ。
有難くも平安時代作の本尊・五大虚空菩薩像(国宝)を猊下直々のご説明で拝観できた。

その後、猊下の居間にも通され、空海の関すること、人の生き方など様々なことについて
教えを賜った。 究極の一期一会だった。
その後、毎年極寒時に訪寺し、猊下と親しく高談したのである。

正に“師”である。
お軸はその縁で拝領したものである。

大兄は参拝客が一人だったこと、空海誕生の地から来られたこと、善通寺ともご縁が
あったことなども幸いしたと言われたが、信心、人徳なのであろう。
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[ 2017/04/22 08:20 ] 作品 | TB(0) | CM(0)