ペギー葉山逝く

“流水落花の如し”、人も桜もいつかは散る。
12日、歌手のペギー葉山さんが突然亡くなった。(享年83才)
美しい容貌、声量も衰える間もないまま、儚く散った命だった。

今年はデビュー65周年という節目を迎え、精力的に活動している矢先だった。
先月18日には青山学院大学でヒット曲「学生時代」歌碑除幕式に出席し、
「学生時代」ほか2曲を歌っている。(ご本人は青山学院高等部卒)

先月29日にも東京・日生劇場でステージに上がっていたというからまさに急死だ。
ご自身、最後のブログとなった30日には、“おー!タカラズカ!何て幸せな一日!”
というタイトルで、
「昨日は越路さんの37回忌を記念したイベントが東京の日生劇場で開かれ、
私も沢山のタカラズカのOGの皆様とステージで越路さんの思い出の歌と共に
本当にゴージャスなイベントに参加いたしました」
と報告している。

今月30日には「古賀政男音楽博物館開館20周年記念公演」で、
幻の楽曲「天使のための子守唄」を披露する予定だった。
5月にも大阪でのコンサートが予定されていた。
元気だっただけに、まさか死が待ってるなんて思ってもいなかっただろう。

1952(昭和27)年にジャズ歌手としてレコードデビュー、国民的歌手として
人気を集めた現在までのレコーディング曲数は約2000を数える。
平成19年に、女性として初めて日本歌手協会の会長も務めた。

最大のヒット曲は、昭和33年、NHK高知放送局の依頼で歌った
「南国土佐を後にして」である。
本人はこの歌をあまり好きではなかったというから皮肉なものである。
高知いや四国にとっては恩人である。
平成24年にははりまや橋(高知市)に歌碑が建てられている。

♭ドはドーナツのド レはレモンのレ・・
「ドレミの歌」は米ミュージカルの名作「サウンド・オブ・ミュージック」の歌の一つである。
日本語の歌詞はご自身の作詞である。

♭白く輝く 花嫁衣装に 心をかくした・・・
「ラ・ノビア」はカンツォーネ・ブームに乗ってヒットした。

♭つたの絡まるチャペルで祈りを捧げた日・・・
「学生時代」はキャンパス・ソングのはしりとしてロングセラーになった。

♭ケ・セラ・セラ、なるようになるさ、先のことなど判らない、判らない・・

「ケセラセラ」、先のことを気にしてもしかたない、今を精一杯生きよう・・
昭和31年頃の流行語にもなった。

私の好きな歌は
NHK「ラジオ深夜便」の2曲。
「夜明けのメロディー」(2010(平成22)年)と
最後の曲となった「おもいでの岬」(2016(平成28)年)である。
私のレパートリー曲でもある。
一度聴いて下さい。いい調べです。

同い年の菅原洋一さんは、「現役でやっているのは2人だけだから、頑張ろうね!って
言われたんですよ」と、急逝に驚きを隠せなかったという。

戦後の芸能史を彩ったスターがまた旅立った。       合掌

スポンサーサイト
[ 2017/04/15 15:33 ] コラム | TB(0) | CM(0)