大晦日~トリ~

「美空ひばり」、言わずと知れた昭和を代表する大スターである。

NHKの年末の恒例、紅白歌合戦。
1956(昭和31)年、我が東かがわ市出身の女優・歌手「笠置シズ子」がトリで
「ヘイ・ヘイ・ブギ」を歌った。

翌年から3年間、美空ひばりがトリを務めた。
そして1963年から1972年の10年間連続して大トリを務めた、歌謡界の大御所である。

1937(昭和12)年生まれ。
9歳でデビュー「天才少女歌手」と言われ以後、歌謡・映画・舞台などで活躍した。
1989(平成元)年6月、52才にて永眠。
女性として史上初の国民栄誉賞を受賞した。
正に歌姫、不死鳥・・・そして不世出の歌声だった。

彼女がデビューして間もない頃、高知で大きな出来事があったことをご存じであろうか。
このことを大兄が「鉄道OB新聞」に投稿し、平成29年1月1日号に掲載された。
ご本人のご了解を得ましたので、ここに原文のまま紹介する。


杉の大杉と美空ひばり
 高知県長岡郡大豊町に樹齢3千年の「日本一の大杉」がある。
その前を四国第一の吉野川支流・穴内川を挟み、国道32号線とJR四国土讃線が並行する。
最寄りの駅は大杉駅である。
 土讃線に沿い、大歩危・小歩危の景勝地や山並みを遥か分け入れば、平家落人伝説を秘め、かずら橋でお馴染み祖谷渓を探勝できる。
 大杉は八坂神社の境内で合着した根元から南北二株に分れ、くねった枝が独立した一本杉のようになり、数カ所で突角に天を覆いに見事な壮観を呈する。
 南大杉は根回り20mで樹高60m、北大杉は根回り16.5m、樹高57mに及ぶ。
1500年前に杉本太郎なる人物が「貴船大明神と祇園牛頭大王」の尊像鎮祀の伝説があり、
昭和27年3月29日、国の特別天然記念物に指定された。
 現在もなお成長し続けているようで、形態からして別名「夫婦杉」とも呼ばれる。

 さて、終戦の傷癒えぬ昭和22年、バスで巡業中だった9歳の美空ひばりさんが、大杉の近くで転落事故に遭遇し、九死に一生を得て1カ月半の入院生活を余儀なくされた。
幸い順調に回復し、ひばりさんは大杉に「日本一の歌手にしてください」と祈願し、横浜へ帰ったという。
 その後スターの道を歩み、天才少女歌手と騒がれ人気絶頂となった14歳のとき、当時お世話になった大豊町へ挨拶に訪れる。
その際、なお大杉へ日本一の誓いも新たに、やがて誰もが異論の余地ない国民栄誉賞に輝く、大歌手として名を残す。
 ひばりさんが亡くなり、5年後、大豊町は“縁”を伝えるべく平成5年5月、大杉の傍らに名優・故萬屋錦之介書「大杉の苑」や遺影碑と歌碑など建立する。
遺影碑にひばりさんが大杉訪問の記念写真や除幕式参列の親友、神津善行・中村メイコご夫妻が捧げた詩も刻まれた。

 “幼き日/大杉に誓いし夢/大輪の花となり/ひばりの唄は/永遠に眠らじ”

 さらに戦後の荒んだ人々の胸を揺すった最初の「悲しき口笛」や最後となった
「川の流れのように」、高知らしく「竜馬残影」の歌がひばりさんの声で、
山肌へこだまする仕掛けが施された。
 現在もテレビで映像が流れたとき、四国の山間で郷愁を誘う神秘的な「日本一の大杉」に、人知れず思いを馳せたひばりさんへ、哀燐の情に耐えないものを感じている。
                                         
                                                中川 義博


大杉2大杉1
3000年の年輪を刻む「日本一の大スギ」(大豊町観光開発協会)

大杉の苑
美空ひばり遺影碑・歌碑がたたずむ「大杉の苑」(大豊町役場)
【遺影碑】
石 :緑色岩(吉野川源流) 高さ/2.2m 幅/1.8m 重さ/8t
遺影 :60cm×80cm 昭和27年1月25日撮影(ひばりさん当時14歳) 
    高知市で公演を行い、翌日お礼の参拝に訪れたときのもの
曲名:「悲しき口笛」 「川のながれのように」 「龍馬残影」

【歌碑】
石 :純コウレン石(吉野川源流) 高さ/2.7m 幅/3.7m 重さ/上部分3t下部分10t
歌碑 :「川のながれのように」 作詞者秋元康先生直筆
楽譜 :「川のながれのように」 作曲者見岳章先生直筆

美空ひばりと大杉【高知県長岡郡大豊町】(平成26年) YouTube 動画

大晦日 定めなき世の 定かな(井原西鶴)

今日は大晦日、第67回NHK紅白歌合戦の日である。
私のブログも今日が今年のトリ。
皆さま!当ブログをご訪問下さり有難うございました。
ゆく年をさわやかに送り、羽ばたく輝かしい酉年を迎えられますよう、
心からお祈り申し上げます。

スポンサーサイト
[ 2016/12/31 06:35 ] 地域のたより | TB(0) | CM(0)