端午の室礼~3~

端午の節供、元は女性の節供でした。
五月は田植が始まる時期で早乙女が家に籠って身を清め、田の神を迎え祭る風習があり、
それが中国から伝来した風習と融合して、女性の節供として行われていたのです。

武家社会の鎌倉時代から江戸時代にかけて、菖蒲が尚武(武を尊ぶこと)に通じることから
男子の厄除け、健康祈願、成長を願う男子の節供に変わって行きました。

五月飾りは、鎧、兜、刀、武者人形、馬や虎、破魔弓などを室内に飾り、庭前に鯉のぼりを立て、
菖蒲を軒に挿し、粽・柏餅を食べて、菖蒲湯に入る。これが基本的な祝い方です。
鎧兜には男子の身体を守るという意味合いが込められています。

飾り方に決まりというものはないようです。標準的には三段飾りにします。
上段の中央には金屏風の前に鎧、兜が置かれ、その左右に弓矢と太刀を配します。
中段の中央には太鼓、右に陣笠、左に軍扇、そして左右に鯉のぼりと吹き流しを配します。
(鯉のぼりと吹き流しは下段の両端に置かれることもあります)
下段の中央には菖蒲酒と口花、左右に粽と柏餅を三方にのせて配します。
その両側にかがり火が置かれることもあります。

床の間に飾りました。
床の間飾り

太刀も馬も座敷に飾れ五月晴れ

五月飾り

兜 旗:鍾馗さま

この五月飾りは、明治45年に生まれた父の成長を祈念して揃えたものです。
共箱には大正5年とありますので、全て完成するのに数年を費やしたようです。
作者は京都の雛人形細工司・大木平蔵氏です。時代的に見ますと4代目か5代目と思います。
大木平蔵

五節供にはいつも五節供を描いた祖父の軸をかけるのですが、今回は私が表装した鯉のパネルに
しました。床にパネルはいかがなものかと思いますが、これも遊びだと。
小さい頃、大切なものとの意識は全くなく、この馬を右手で鷲掴みし、パカパカと廊下でお尻を
移動しつつ遊びました。今思えば乱暴に扱ったとのに壊れなかったのが不思議です。
結構重い刀も腰に差して抜き差し、砥石でといたり・・・
アップの旗は賞馗(しょうき)様
中国の皇帝の枕元にあらわれた幻の英雄。邪悪なものや疫病から守る魔除けの神です。
松竹梅

共箱 喜代治名
脇床には「松竹梅」の人形を配しました。
明治、大正、昭和の初期の名匠と言われた吉野喜代治の作です。
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[ 2011/04/30 16:09 ] 室礼 | TB(0) | CM(2)