八朔(その1)

今日で7月が終わります。

白鳥神社では夏越の祭、併せて花火大会が開かれました。
21時に花火終わりましたが、少し遠く音と花火が合いませんが、
2階の部屋から見物しました。
なごせ団子 白鳥夏越の花火

さて、旧暦の8月1日は「八朔」です。朔は1日のことを指します。
稲の実りを祈願する農耕儀礼で、初穂を献上したことが始りと言われています。
早稲米の初穂を刈って神にささげ、 近づく台風の季節を無事にのりきって、
豊作を期待する日でした。
稲と米の入ったかわらけ
三方の上に稲と米の入ったかわらけを置きます。両側には、お神酒を飾ります。

●八朔の由来

「八朔」には、「田の実りをお供えする」と言う意味と、「稲穂の豊穣を祈願する」
という二つの意味合いがあります。

一条兼良の「公事根源」によれば、「八朔」の起源を、鎌倉時代の後深草天皇の
建長の頃か、後嵯峨天皇の頃か定かではないと触れています。
農民の農耕儀礼として古くあり、次第に武家から公家へと浸透していった模様です。

また江戸時代において、幕府はこの日は徳川家康が1590年(天正18年)8月1日に
初めて江戸城に入城した記念すべき日であり、この日を特に正月に次ぐ祝日として
盛大な行事を行ったと言われています。

さらに朝廷においても、「後水尾院當時年中行事」に「八朔」が恒例の行事として
紹介されており、江戸時代に至っては貴賎の別なく盛大に行われていたようです。
               「室礼でおもてなし」(小笠原 敬承斎 監修)参考

香川県の西部、坂出市や丸亀市以西の地域では、八朔(旧暦8月1日)に米粉を材料に
団子馬を作って飾る、男の子の節句として健やかな成長を祝う古くからの風習があります。
団子馬(丸亀)
団子馬(丸亀市)

三豊市仁尾地域では約430年前の天正7年に土佐の長曽我部元親の侵攻で仁尾城が落城、
時の城主、細川頼弘公が3月3日に亡くなったことから、この日には雛節句を行わず、
八朔の日に男の子の節句、武者人形と同時にお雛様を飾ります。

また、石、砂、苔、草木などで箱庭風のジオラマを作っての人形飾りという、
全国的にも例を見ない独特の風習があります。
仁尾人形飾り
三豊市仁尾の「人形飾り」
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[ 2010/07/31 21:46 ] 季語・歳時記 | TB(0) | CM(0)