吾輩は羊羹好キデアル

羊羹1

ある日のこと、胃の悪い漱石を気遣った彼の妻は、食べ過ぎないように好物のようかんを隠した。すると漱石は、いつもようかんが入っているはずの戸棚を必死に探し続けた。その様子を見かねた幼い娘が在り処を教えてやると、漱石は娘を大いに褒め、上機嫌でようかんを頬張った……。漱石の妻、夏目鏡子「漱石の思い出」による。

タイトルは「吾輩ハ羊羹好キデアル」。
面白い本を送っていただいたと思った。

結構重い。
開けて見ると何と何と・・ピーナツと紅茶の2本ペアの小ぶりな羊羹だった。
表紙に“白松がヨーカン”と書いてあるではないか・・・
白松といえば“モナカ”だけかと思ったが羊羹もあるのだ。
だから”が”なのか!

でも仙台と漱石?何の関係があるのだろう?繋がらない。
羊羹を取り出すと、漱石が土井晩翠に送った自画像入り葉書(東北大学漱石文庫所蔵)
とあった。
晩翠と言えば「荒城の月」の作詞者、仙台の人である。
明治27年の夏、漱石が松島旅行の途中に出合った。

「自分の肖像をかいたらこんなものが出来た。何だか影が薄い肺病患者の様だ。君が僕を鼓舞してくれるから、今にもつ と肥つた所をかいて御目にかける。現在の顔は此位だ。」

漱石が「吾輩は猫である」で小説デビューした1905(明治38)年、
晩翠宛にだした書簡である。

納得。でも中々の着想だ。調べて見ると、漱石没(1916年)後100年を記念し、
東北大学と共同開発、発売され始めた商品だった。

羊羹2

楊枝に羊羹を突刺しているのが漱石自画像の絵葉書。
いいアイディア、いいデザインだ。

なぜ紅茶とピーナツかは分からないが、漱石と言えば無類の甘党で知られている。
漱石自らも小説{草枕」の中でこう述べている。

「……余は凡ての菓子のうちで尤も羊羹が好だ。……あの肌合が滑らかに、緻密に、しか
も半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びた煉上げ方は、玉と蝋石の雑種の様で、甚だ見て気持ちがいい。のみならず青磁の皿に盛られた青い煉羊羹は、青磁のなかから今生れた様につやつやして、思わず手を出して撫でて見たくなる……」


漱石と言えば「坊ちゃん」“松山・道後”。
昨年は漱石没後100年、今年は生誕150年。
しかも正岡子規(1867~1902年)も同じ年に生まれていることから
子規・漱石生誕150年を記念し、松山では色々なイベントが行われている。

松山には漱石に因んだ「坊ちゃん団子」、「醤油餅」がある。

柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺(子規)

子規も一度に菓子パンを10数個、柿や梨なども10個前後も貪る大の甘党であった。
記念にイベントもいいが、漱石、子規ゆかりの商品開発にも着目してもらいたい。

今年は龍馬暗殺150年、来年は大政奉還・明治維新150年にあたる。
明日は東日本大震災発生から6年を迎える。

最近は甘いものを欲するようになってきた。年のせいか?

♭春高楼の花の宴・・・にはまだ早いが、

漱石と晩翠、仙台・東日本大震災に思いを巡らせながら味わいたい。
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[ 2017/03/10 11:51 ] お菓子 | TB(0) | CM(0)

雛あられ

あられ

愛一つ二つ三つ四つ雛あられ (村越化石)

雛祭りに供えていた「雛あられ」である。

ルーツを紐解けば・・・
発祥の地は京都。川や野原での遊びのおやつとして持って行くため、
菱餅を食べやすくするために砕いて作ったものとある。

菱餅は「赤・緑・白」の三色が基本である。
雛あられも同様、この三色で構成されている。

しょう油や塩味が基本であるが、最近は青ノリやエビが入った物、
マヨネーズ味やチョコレート味など多様化している。
本場関西は、もち米が原料である。
関東は所謂“ポン菓子”砂糖で味付けしているので甘い。

雛あられは菱餅と同様娘の健康を祈願するという意味が込められている。
黄色を入れ四色のあられもある。
これは四季を表し、一年を通じて健康を祈願する意味があるようだ。

「雛あらし」というのがあることをご存じだろうか。
四国・中国地方の風習で、「桃の節句」に子供達が供え物をもらいに歩く行事である。
大正時代から昭和の終わりごろまで行われていたようであるが私は記憶がない。

それを復活、後世に伝えようと、今年15回目となった「引田ひなまつり」で再現された。
昔はお雛様が飾られている家々に入って、菱餅や雛あられを勝手に取ったりして
いたそうである。
今はそこまで大らかではない。
訪問にきた児童らにお菓子のセットを配った。

雛あらし四国新聞より
少女来てふはりと座る雛あられ(永方裕子)

お菓子を食べることが少なかった時代ならではの風習である。
「雛あらし」という言葉と意味を残すだけでも意味がある。
継続して欲しいと願う。

[ 2017/03/06 12:47 ] お菓子 | TB(0) | CM(0)

パンケーキ

パンケーキ1

大ブムだった「パンケーキ」人気も少し陰りがちだが、定番の地位は築いたようだ。
子供の頃は「ホットケーキ」と呼び、パンケーキとは言ってなかった。
母はワッフルが得意でよく作ってくれたが、ホットケーキはあまり作ってくれなかった。
型があったことや子供のおやつにはワッフルが一番と考えていたのだろう。

パンケーキとホットケーキ、材料も形も同じようなもので明確な区分というものあるのだろうか?
お店ではパンケーキといい、お家はホットケーキという、そんなものではないか!

血糖値が気になったが時にはいいか!
牛乳、卵以外に、加味すると美味しくなると言われるバター、ヨーグルト、マヨネーズ、みりん、
エッセンスを勘で少量いれてみた。
しっとり、もちもち、中々の出来栄えだった。
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[ 2016/03/25 16:13 ] お菓子 | TB(0) | CM(0)

早春の餅菓子

早春の菓子といえば、「鶯餅(うぐいすもち)」を思い浮かべる人が多いだろう。
こし餡を求肥(ぎゅうひ)で包み、うぐいすの形にし、青大豆からできたうぐいす粉をまぶしたものである。
最近では蓬(よもぎ)を混ぜた生地もある。

蓬と言えば「蓬餅」、「草餅」とも「草だんご」ともいう。

春になると、昔は蓬の柔らかい新芽をよく採りに行かされた。
どこの家庭でも祖母と母親が子供達に手伝わせながら、草餅を盛んに作ったものである。

おらが世やそこらの草も餅になる (一茶)

頬張ると口の中に蓬の強い香りが広がり、春が来たな~と感じます。
草餅
草餅

太宰府の参道の左右には、「梅が枝餅」のお店が沢山ある。
草餅仕様があるのをご存じだろうか!
道真公ご命日の毎月25日だけ売っているのだ。何故??
「鶯餅」「草餅」とも初春の季語だ。

禅語に「梅花和雪香(ばいかゆきにわしてかんばし)」という言葉がある。
早春の茶掛けとしてよく使われる。
雪が積もっていても梅の香りがどこからか漂ってくる。
梅とともに春が来るという梅の奥ゆかしさを詠った言葉です。
梅大福
梅大福

雪中の紅梅は大変美しいものです。
蜜漬けの青梅を白餡で包み、さらに羽二重餅の衣でくるんだ大福です。
甘酸っぱさとた優しい甘さ、ほのかな梅酒の香りが口一杯に広がります。


わらび餅」、本わらび粉を加熱し透明な餅状になるまで煉ります。
この作業は大変なんです。腕がパンパンになります。
冷水で固め、黄粉や黒蜜をつけて食べます。
葛餅とよく似ていますのでしばしば間違われます。初春の季語です。

豆の粉の中にころがり蕨餅(田中冬二)

本蕨餅
こし餡を包み、きな粉をまぶした「本蕨餅」

次は桜餅、椿餅、菱餅、雛菓子(雛あられ)ですね。
[ 2013/02/18 23:44 ] お菓子 | TB(0) | CM(0)

お濃茶とチョコのスイーツ

京菓子といえば、八つ橋、蕎麦ぼうろ、煎餅、五色豆、雲龍、麩まんじゅう、蕎麦板、
そして四季の上生菓子など和菓子を浮かべる。

しかし今、京都のお土産人気ナンバーワンと言えばチョコレート菓子なのだ。
マールブランシュの「茶の菓」です。
茶の菓1茶の菓2
茶の菓3茶の菓4
左下はマールブランシュのHP

お濃茶のラング・ド・シャ(仏:細長いクッキー)にホワイトチョコを包んだスイーツ。
京都とパリの菓子技術がコラボした、新しいタイプの京スイーツの登場だ。

ラング・ド・シャに抹茶本来の甘味とコクを出すには、濃茶のほうがいいのだそうだ。
抹茶は茶作り名人 小島確二による。
よしずで茶園を覆う「本覆茶園」という農法によって作られた超一級品、「究極の茶葉」である。
この茶葉を茶鑑定士、森田治秀が、丁寧に石臼で挽いて「究極の香り」を出し、
エグゼクティブシェフパティシエ、江崎靖彦が「究極の味」に焼き上げた代物なのである。
京の匠 三人の職人技がコラボしたスイーツの創出、それ自体に価値がある。
どの業界であれ、新製品、新商品の開発は異分野の技術・技能、ローテクとハイテクの
絶妙な組み合わせ、コラボが鍵となりそうだ。

ほろ苦く香り高い抹茶生地と、サンドされたホワイトチョコのハーモニーは絶妙です。
そっと口の中に入れると、舌の上でじわ~と溶けていきます。
これが新しい京の味と香か・・・
コーヒー、紅茶、お茶、いずれにも合いそうです。
癖になりそうですが京都限定販売、1枚120円と少々お高いようにも思う。
だがそれだけの価値はありそうだ。
[ 2013/02/14 22:40 ] お菓子 | TB(0) | CM(0)