桜餅(さくらもち)

春の天気は気まぐれだ。
真夏日の後は冬に後戻り。
寒い、しまっていた冬物を再び出した。

桜餅

道明寺なればいただく桜餅(今橋眞理子)

染井吉野はすでに葉桜となった。
時期としては遅かりし「桜餅」を作った。
今年は開花が10日も早かったから・・・これ言い訳。
でも八重はこれからではないか!

春の和菓子といえば「鶯餅」と「桜餅」が代表格だ。
桜を愛する日本人にとって爽やかな桜の香りを醸し出す「桜餅は」特別なお菓子である。

桜餅が誕生したのは享保2(1717)年、江戸向島の長命寺の門番山本新六が隅田川の
土手の桜の葉を塩漬けにし、その葉を使って桜餅を作ったのが最初とされる。
「新六」と言えば、梅酒蔵元「蝶矢」の”底たまり梅酒”を思い浮かべる。
“蝶矢”の宗家の愛称「新六さん」にちなんで名付けられたのだ。
いやいや本家は俺だ!!(わかる人はわかる)

現在、関東の桜餅は、小麦粉と白玉粉の生地を薄焼きにし、餡を包み、桜葉を包んだもの。
関西は餅米をふかして乾燥させ、それを粗く挽いた粒状の糒(ほしいい)、「道明寺粉」が
大阪で発祥したこともあり、それを生地に使っている。
桜葉はどちらも、柔らかくて毛の少ない「大島桜」の葉を用いる。

私は小さい時から道明寺が桜餅だと思っていたから、東京の桜餅に出会った時は驚いた。
やはり食べ慣れた馴染みのものが口に合う。
桜葉を食べない人もいるが、私は食べる派である。
道明寺とこし餡と桜葉のほのかな香りが絶妙だからだ。
葉を一緒に食べなくて何とする。
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[ 2018/04/07 19:02 ] お菓子 | TB(0) | CM(0)

うぐいす餅

鶯餅

春の和菓子と言えば・・・・
「草餅」「わらび餅」「よもぎ餅」「さくら餅」「いちご大福」「花見団子」などが浮かぶ。
しかし春告げるといえば「うぐいす餅」だ。

からうじて鶯餅のかたちせる (桂信子)

2月のお菓子だから少し遅いが食べたくなったのだ。

白玉粉に砂糖と水を加え蒸し、青きな粉の上にだす。求肥を作るのです。
これを切り分け漉し餡を包み込むだけ。至って簡単である。
鳥の形に見せるため、両端をつまみ、形を整え、茶こしで青きな粉を振れば完成。

黄緑色の青きな粉は、鶯の羽の色を表しています。
「うぐいす餅」を命名したのは豊臣秀吉だとか。

鶯の鳴き声を聞きながら一服。
春ならではの趣あるお菓子です。
[ 2018/03/13 10:19 ] お菓子 | TB(0) | CM(0)

南京豆(なんきんまめ)

南京豆

南京豆むく手猿に似たるかな (宝田砂川)

私の好物は豆類。
今は旬のそら豆、さやえんどう、グリンピース、赤えんどう、スナップエンドウを
沢山いただく。田舎住まいの良さでもある。

でも一番好きなのは「南京豆」だ。
子供の頃は「落花生」とは言わなかった。
ピーナツ入りの煎餅なんてたまらなく好きだ。
花が落ち、地中で実を生むことから「落花生」という名前がついた。
子供の頃は“食べ過ぎると鼻血がでるぞ10粒までにしときや”と脅された。

新茶の請けに何かないかと探していたら千葉八街(やちまた)産の落花生が目に付いた。
旬は晩秋であるから一番美味しくない時期と躊躇したが、買物籠に入れてしまった。

昔大学紛争のため千葉で疎開授業をしていた。卒業後民宿をしていた方から
数年間落花生を送って下さった懐かしい思い出もある。

全国で約7割の生産量を誇る千葉県の中でも知名度の高い「八街」の落花生は、
生産量も品質も日本一と称賛されている。
中国産とは比べものにならない位美味しい。
特に殻つきがいい。殻を剥いて食べるのは楽しくもある。
ただ殻と皮が飛び散り後の掃除が大変。
スナックでは殆どお目にかからなかったのはそのせいか?

でもあまりにも高い。100g当り500円前後と中国産の5倍もする。
千葉県人はこんな高級品になった落花生を常に買って食べているのだろうか?
そうではあるまい。贈答品なのだろうと思う。
節分で投げるなんて豆に申し訳なく、もったいない。

気になるのが高脂質、最近では植物性脂肪で生活習慣病の予防効果がある。
また、血糖値の上昇を示すGI値も低く、タンパク質やビタミンEが豊富で
老化予防も期待できるという報告もある。

“止められない 止まらない”ついつい手が出てしまう。
「あとひき豆」と言われる所以である。

「生」が付いているとはいえ、調子に乗って食べ過ぎは禁物だ。
[ 2017/05/20 19:02 ] お菓子 | TB(0) | CM(0)

吾輩は羊羹好キデアル

羊羹1

ある日のこと、胃の悪い漱石を気遣った彼の妻は、食べ過ぎないように好物のようかんを隠した。すると漱石は、いつもようかんが入っているはずの戸棚を必死に探し続けた。その様子を見かねた幼い娘が在り処を教えてやると、漱石は娘を大いに褒め、上機嫌でようかんを頬張った……。漱石の妻、夏目鏡子「漱石の思い出」による。

タイトルは「吾輩ハ羊羹好キデアル」。
面白い本を送っていただいたと思った。

結構重い。
開けて見ると何と何と・・ピーナツと紅茶の2本ペアの小ぶりな羊羹だった。
表紙に“白松がヨーカン”と書いてあるではないか・・・
白松といえば“モナカ”だけかと思ったが羊羹もあるのだ。
だから”が”なのか!

でも仙台と漱石?何の関係があるのだろう?繋がらない。
羊羹を取り出すと、漱石が土井晩翠に送った自画像入り葉書(東北大学漱石文庫所蔵)
とあった。
晩翠と言えば「荒城の月」の作詞者、仙台の人である。
明治27年の夏、漱石が松島旅行の途中に出合った。

「自分の肖像をかいたらこんなものが出来た。何だか影が薄い肺病患者の様だ。君が僕を鼓舞してくれるから、今にもつ と肥つた所をかいて御目にかける。現在の顔は此位だ。」

漱石が「吾輩は猫である」で小説デビューした1905(明治38)年、
晩翠宛にだした書簡である。

納得。でも中々の着想だ。調べて見ると、漱石没(1916年)後100年を記念し、
東北大学と共同開発、発売され始めた商品だった。

羊羹2

楊枝に羊羹を突刺しているのが漱石自画像の絵葉書。
いいアイディア、いいデザインだ。

なぜ紅茶とピーナツかは分からないが、漱石と言えば無類の甘党で知られている。
漱石自らも小説{草枕」の中でこう述べている。

「……余は凡ての菓子のうちで尤も羊羹が好だ。……あの肌合が滑らかに、緻密に、しか
も半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びた煉上げ方は、玉と蝋石の雑種の様で、甚だ見て気持ちがいい。のみならず青磁の皿に盛られた青い煉羊羹は、青磁のなかから今生れた様につやつやして、思わず手を出して撫でて見たくなる……」


漱石と言えば「坊ちゃん」“松山・道後”。
昨年は漱石没後100年、今年は生誕150年。
しかも正岡子規(1867~1902年)も同じ年に生まれていることから
子規・漱石生誕150年を記念し、松山では色々なイベントが行われている。

松山には漱石に因んだ「坊ちゃん団子」、「醤油餅」がある。

柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺(子規)

子規も一度に菓子パンを10数個、柿や梨なども10個前後も貪る大の甘党であった。
記念にイベントもいいが、漱石、子規ゆかりの商品開発にも着目してもらいたい。

今年は龍馬暗殺150年、来年は大政奉還・明治維新150年にあたる。
明日は東日本大震災発生から6年を迎える。

最近は甘いものを欲するようになってきた。年のせいか?

♭春高楼の花の宴・・・にはまだ早いが、

漱石と晩翠、仙台・東日本大震災に思いを巡らせながら味わいたい。
[ 2017/03/10 11:51 ] お菓子 | TB(0) | CM(0)

雛あられ

あられ

愛一つ二つ三つ四つ雛あられ (村越化石)

雛祭りに供えていた「雛あられ」である。

ルーツを紐解けば・・・
発祥の地は京都。川や野原での遊びのおやつとして持って行くため、
菱餅を食べやすくするために砕いて作ったものとある。

菱餅は「赤・緑・白」の三色が基本である。
雛あられも同様、この三色で構成されている。

しょう油や塩味が基本であるが、最近は青ノリやエビが入った物、
マヨネーズ味やチョコレート味など多様化している。
本場関西は、もち米が原料である。
関東は所謂“ポン菓子”砂糖で味付けしているので甘い。

雛あられは菱餅と同様娘の健康を祈願するという意味が込められている。
黄色を入れ四色のあられもある。
これは四季を表し、一年を通じて健康を祈願する意味があるようだ。

「雛あらし」というのがあることをご存じだろうか。
四国・中国地方の風習で、「桃の節句」に子供達が供え物をもらいに歩く行事である。
大正時代から昭和の終わりごろまで行われていたようであるが私は記憶がない。

それを復活、後世に伝えようと、今年15回目となった「引田ひなまつり」で再現された。
昔はお雛様が飾られている家々に入って、菱餅や雛あられを勝手に取ったりして
いたそうである。
今はそこまで大らかではない。
訪問にきた児童らにお菓子のセットを配った。

雛あらし四国新聞より
少女来てふはりと座る雛あられ(永方裕子)

お菓子を食べることが少なかった時代ならではの風習である。
「雛あらし」という言葉と意味を残すだけでも意味がある。
継続して欲しいと願う。

[ 2017/03/06 12:47 ] お菓子 | TB(0) | CM(0)