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蕎麦猪口(そばちょこ)

蕎麦猪口&薬味入れ

おんごく蕎麦杖笠納む大窪寺 (田口一穂)
新蕎麦のつるつると身も澄みにけり (藤田あけ烏)


ざる・もり蕎麦は”そばつゆ”にちょっとつけすすって食べる。その仕草、音で蕎麦通かどうかがわかる。

新蕎麦や吟味きびしき薬味入 (水原秋櫻子)

新蕎麦の場合は香りを楽しむため、ひと口めは“そのまま”食べる。 薬味はどうする?
その都度、適量をそばにのせて食べるのが通の食べ方だ。
そばつゆに入れるのもNGではないが、入れる前につゆ本来の味を味わいましょう。

新蕎麦のそば湯を棒のごとく注ぎ (鷹羽狩行)

蕎麦を食べ終わった後はそば粉の栄養素がたっぷりの「そば湯」をいただきましょう。

「猪口」とは元来はお酒をのむお猪口や小鉢。
「蕎麦猪口」はそれと区分するために付けられた。
口径約7cm、高台がなく、口へ向けて直線的に広がる形をしているのが特徴です。
原点は白い磁器肌に呉須(藍色)で絵付けされた古伊万里だといわれている。
最近では様々な色やデザインのものがたくさん登場している。

シンプルなだけに多種多様な使い方ができるのも魅力だ。
取っ手が付いていないのでちょっと熱いがコーヒーや紅茶、緑茶、ハーブティーをいれても素敵です。
ウイスキーやロック、お酒もいい。スープカップとしてシャーベットやアイス、パフェにもおしゃれです。
ポテトサラダやお浸し、きんぴらなど小鉢として、小さな花瓶としても使えます。
「雑器(ざっき)」とも言われるはずです。

「今年の漢字」が令和の「令」の文字が選ばれた。
その令和元年、亥=猪も間もなく暮れる。「猪口」は猪の口に形が似ているという説もあるが、当て字らしい。
年越しそばも間もなくです。蕎麦猪口?
当地の年越しそばは暖かい丼の田舎蕎麦なのです。 うどん? それは年明けです。
そばはぷつぷつと切れやすい。年越しそばはその年の煩悩を絶つ意味で食べるのです。
「年越しそば」の後には「年明けうどん」を食べましょう。
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[ 2019/12/13 08:27 ] 和文化 | TB(0) | CM(0)

秋の風鈴

座敷庭軒の風鈴

秋の風鈴呼ばれしやうに鳴りにけり(中田みなみ)

♪仕舞いわすれた風鈴が 風に吹かれて悲しそうに 鳴りだした秋の・・・
  みず来明姫の「秋恋歌(しゅうれんか)」の歌いだしだ。

「チリンチリン」と聞こえてくる涼やかな音……
暑い夏の間、一服の涼を運んでくれた風鈴もそろそろ外す頃がきたようだ。
風鈴の仕舞う時季は、秋の虫の音が聞こえ始めたらという。
風鈴から虫の音に、これが風流な暮らし方なのだ。

くろがねの秋の風鈴鳴りにけり(飯田蛇笏)

「くろがねの風鈴」は「讃岐岩(さぬきがん)=サヌカイト」のことで高松の西部、五色台周辺で産する鉱物である。
金槌でたたくと金属音が出るため、古くから鐘や楽器、風鈴に使われている。高く澄んだ音がするので「カンカン石」とも呼ばれている。

蛇笏はこの音色が好きで秋がきても聞きたかったのだろう。
風鈴は鈴虫の鳴き声と似ているため、この代わりという説もあるが、風鈴も虫の音もと欲張りだ。

風鈴は中国からの伝来物。原型は「風鐸(ふうたく)」である。
お寺の軒の四方や塔の相輪に吊り下げられた青銅製の鐘形の鈴のようなもの、見たことがあると言う人も多い
と思う。強い風が吹くとカランカランと鈍い音がする。魔除け・邪気除けの意味でつけられたもの。
江戸時代に入ると鉄製や陶器、ガラス、などの風鈴が生まれ庶民にも普及し音色を楽しむ文化ができたのである。

今は風流とも言っておられない。何せ除夜の鐘にまで苦情が寄せられる時代なのだ。
“音は騒音でしかない” 日本人は増々音に敏感になったのか?はたまた外国人並の耳になってきたのか!
この現実を前に、耳を塞ぐことはもうできない。

“お前は風情を楽しんでいるかも知れんが、その風鈴うるさい”
残暑でもう少しと思うが、外せと苦情が来る前にはずさなきゃ。

[ 2019/08/27 08:26 ] 和文化 | TB(0) | CM(0)

盛る

盛るの写真

家にあれば笥(つけ)に盛る飯(いひ)を草枕 旅にしあれば椎の葉に盛る(万葉集)

「盛る」とは一般的には「山盛り」「てんこ盛り」などのように、物体を積み重ねていくことを意味する。
万葉の昔から使われている伝統的な言葉です
ご飯の場合、盛ってと言いますか?よそうといいますか?
よそうとは“装う”こと、整えるという意味だから上品な言い方です。
「ご飯よそって」最近は聞かれなくなりました。
お前は? 「ご飯ついで」という。西日本では多い言い方です。
いや言わない、一人だから黙って自分でつぐ。やはりつぐ(注ぐ)ではないか。

「話が盛り上がってなるな~」なんて言い方もする。
若者の中には化粧を盛る、写真を盛るなんて言い方もするらしい。
化粧映え、インスタ映えということなのか?

「食器は料理の着物である」(芸術家・北大路魯山人)
「言葉とは心を盛る器である」(陰陽師,夢枕獏ゆめまくら ばく、本名:米山 峰夫)


室礼では「四季を盛る」「言葉を盛る」「心を盛る」と言います。

「盛る」という文字は、「皿」の上に「成す」とから成ります。
物ごとを成し得ますようにという祈りと、物ごとを成し得たあとの感謝の心。この二つを皿に盛るのです。
形だけであれば飾る、感謝する・祈る・もてなす「心」、それが「盛る」の本質なのです

日本には四季があり、豊かな伝統文化、華の文化、食の文化、茶の文化、それぞれに四季折々の色と形美しさ、
そしてその季節と向かい合って、長年培われてきた地域や家の文化や風習、生活の仕方、そこには人間の知恵が
息づいています。それを「礼の空間」に盛るのです。

俳句は自然を詠い、自然を透して生活を詠い人生を詠い、自然に依って志を詠う文芸である(高浜虚子)

俳諧の世界もまた同じである。
歳時記や季題・季語は四季折々の季節の言葉と心を集約した、日本人の季節の教典です。
でも過度の飾り、盛付だけは禁物です。
[ 2019/08/20 06:33 ] 和文化 | TB(0) | CM(2)

夏を涼しく~夏座敷~

夏座敷19

家の作りようは、夏を旨とすべし。
冬は、いかなるところにも住まる。
暑き比、悪しき住まいは、堪へ難き事なり 

          吉田兼好「徒然草」

昔の家では夏になると、ふすまや障子を外して、「簾戸(すど)」に替え、「簾(すだれ)」を吊るし、
畳の上には「籐むしろ」や「籐あじろ」を敷いた。

模様替して今日よりの夏座敷(長蘆葉愁)

「夏座敷」には、蒸し暑い日本の夏を快適に過ごすための先人達の知恵と日本人独特の繊細な美意識があった。

籐むしろの上で大の字で寝ると冷たくて気持ちがいい。浴衣を着て端居に置いた籐の椅子で冷たい物をいただく。
風鈴の音を聞きながら、夕方には打ち水、団扇片手に涼をとる。
夏布団に蚊帳・・・日本古来の豊かな夏の住まい、「涼を心で味わう」まさに夏座敷の醍醐味である。
そこには自然と暮らしを融合させる情緒があった。

今の住まいは、和室がないから畳もなく、床は全てフローリング、各室にエアコンありきが前提に作られている。
これを生活の豊かさというのであろうか!
技術の進歩が逆に自然環境に逆らった面もいがめない。だからしっぺ返しに合う。
原点に返って自然と優しく付き合う姿勢を取り返すべきだ。「住」も同様ではないか。

床の間、床柱、畳、襖、障子、縁側・・・世界に誇れる日本の精神文化である。
「日本のもてなし」の原点は、「伝統的な暮らし」の中にある。「和道」といってもいい。
四季のある日本、自然と対話して暮らすには床の間のある文化と芸術の和室、畳の間が本命である。
日本人の心・感性は増々劣化していくように思えてならない。

マンションであろうとも工夫次第では涼しい演出はできる。
我が家なりの「夏座敷」設えてみませんか。
[ 2019/07/14 07:09 ] 和文化 | TB(0) | CM(0)

扇子(せんす)

絵里からの父の日

ひらきたるまゝの男の扇かな (岡井省二)

長女が父の日に「扇子」を送って来た。

人をよぶ団扇の音や夕涼み (正岡子規)

昨年は甚平だった。甚平を着て端居で籐の椅子に座ってくつろいでいる姿を思い浮かべて決めたものか?
なかなか粋な計らいだ。

夏、家では扇子よりもっぱら団扇を使う。

たま~に団扇もつ日を我身かな (露印)

かすり柄をツムギ織で扇面にしたシンプルな物だが趣はある。
ちょっ気取った感じはするが、折角だ、偶には使おう。

蚊帳もそうだが、扇も夏の必需品だった。 でもエアコンの普及で使われなくなった。
夏の甲子園か夏祭り位だろうか?

「伊予竹に土佐紙はりて阿波ぐれば讃岐うちわで四国涼しい」

四国涼しは至極涼しのしゃれである。
讃岐・「丸亀うちわ」は「房州うちわ」「京うちわ」とともに日本三大うちわの産地。
でも需要は激減している。

団扇は中国からもたらされたが、扇子は日本で生み出されたものだ。
折り畳みにしたところが如何にもきめ細かな日本人ならではの発想と思う。平安時代のことである。
しかも扇ぐという役割だけでなく、礼儀や贈答コミュニケーションの道具として用いるという特徴を有する。
和歌を書いて贈ったり、花を載せて贈ったりする。
武士は左の腰に差すのが決まりで「刀」と同じ物と解釈されて尊ばれた。
人と挨拶をする時は扇子を前においてお辞儀をする。
これが本来の日本のマナーだった。
今や茶道のみか!誰もしなくなった。
床の間拝見?誰もする人はいない。 ましてやひざの前に扇子を置いてなんて期待してはいけない。
“結界”なんて何? 相手を敬う気持ち、所作なんて何処へ行ってしまったのであろう。

[ 2019/06/24 07:50 ] 和文化 | TB(0) | CM(0)