御朱印帳拝見


私の病気快癒を祈願も兼ね、26回目の四国八十八ヶ所霊場を巡礼、記念の散華
などを頂いた大兄「中川義博」さん。
去る10月3・4日のブログで紹介させていただいた。

その際、「西国三十三カ所観音霊場、真言宗十八本山巡り、奈良、京都、長野など
有名無名を問わず巡っておられる」と書いた。
昨日はその全ての「御朱印帳」を拝見する機会を頂いた。

「西国三十三カ所観音霊場」
京都、大阪、奈良、和歌山、滋賀、兵庫、岐阜に点在する33か所の観音信仰の
霊場で、巡礼行としては日本で最も歴史がある。
観世音菩薩とは観音が三十三の姿に変じて、慈悲と智慧によりすべての人々を
救済する仏である。
因みに、四国には「阿波西国三十三ケ所」 と「讃岐三十三ケ所」がある。

那智山「青岸渡寺」から始まり、牡丹の「長谷寺」、阿修羅像で有名な世界遺産
「興福寺」・「上醍醐寺」、紫式部ゆかりの「石山寺」、琵琶湖の眺望が素晴らしい
「三井寺」、清水の舞台の「清水寺」、桧の一本造りのご本尊「六波羅蜜寺」、
わが国最初の観音霊場「中山寺」など、三十三番は美濃の古刹名刹「華厳寺」、
そして三カ寺の番外がある。
この三十六カ寺を何と5回も巡礼されている。

「真言宗十八本山」
名の通り、真言各宗派の総本山・大本山十八カ寺である。
最大の総本山は無論「高野山」であるが、総や大と付くのが十八カ寺もあるのは
宗派が数多くあるためだろう。

一番は弘法大師生誕の地、香川の「善通寺」、西国の「中山寺」・「長谷寺」も入っている。
嵯峨天皇、華道嵯峨御流ゆかりの「大覚寺」、世界遺産の「仁和寺」・「醍醐寺」、
皇室の菩提寺である「泉涌寺」、京都の代表的な名所「東寺」、信貴山の毘沙門さん
「朝護孫子寺」、根来衆で有名な「根来寺」など、十八番は高野山「金剛峯寺」である。
香川・京都・奈良・和歌山・兵庫に渡る名刹ばかりである。


表側が終われば、裏側を使用する納経帳であった。
多くの寺院の墨書は力強く書かれ、かつ特徴があり、「御宝印」も興味を注がれる。
四国霊場では日付は入ってないが、年月日が入っているので何時参拝したのか
よく分かっていい。

他の納経帳には、
金閣寺、銀閣寺、高台寺、天龍寺、法隆寺、龍安寺、知恩院、鞍馬寺、延暦寺、三千院、
化野念仏寺、神護寺、寂光院、常寂光寺、東大寺二月堂、平等院、千光寺、薬師寺、
浅草寺、増上寺、善光寺、永平寺など歴史と由緒あるお寺ばかりであった。

一寺一寺じっくり拝見しながら其々のお寺のお話を伺った。
興味をそそることばかりで、その博識ぶりには感服の至りである。
御朱印は単に参拝の記念ではない。
ご本尊からの授かりもの、大兄の信仰の足跡として一生の宝物であります。

私はこれら多くの日本の名刹に行かずして一度に参拝させてもらったのである。
何と有難いことである。それぞれの納経帳に何度も頭を垂れた。

高雄の神護寺に参拝した際の話である。
「今は亡き住職の谷内清岳さんと直接話すことができ、厚かましくも書を所望した。
気楽に2つも書いてくれた。
奥様が出てこられ、私が三カ月前から箱書きを所望しているのに一向に書いてくれない。
あなたはどのように所望したのか」と驚いていたとのこと。
逸話を聞き、想像するに、お二人の話合いが余程“高談”であったためご住職は
気分が良く、大兄を大いに気に入られたのだろう、と思った次第である。

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26日に京都国立博物館に「特別展覧会 没後150年 坂本龍馬」に行かれた。
龍馬は言わずと知れた土佐の人、高知には博物館や記念館などに多くの
資料があるが、これらを含め長崎、下関、京都、東京、北海道、宮内庁など
から一同に集め公開したものだ。

大兄の話。
「今展は龍馬直筆の手紙に焦点を当て、彼の心根の真実に迫ることが
中心テーマだった。日帰りで全て見ることは無理、3日間は必要です。
兎に角龍馬は筆まめな人だと感じた。
武市半平太や桂小五郎、久坂玄瑞等の書簡、三吉慎蔵姪の春猪に宛てた書簡、
姉の乙女をはじめ、家族や友人に送った手紙、その中には妻のおりょうとともに
高千穂峰に登山した様子を描いたイラストもあった。
書もさることながら墨絵も旨い。
時に激しさもあるが、人に対する優しさ、気配りがこんなに出来た人だったとは驚いた。
京都の近江屋で襲撃された際の屏風などの黒ずんだ血痕も生々しい。
龍馬の愛用した刀もあった。かつて見た鞘は無かった」なども興味引く話を伺った。

巡礼中の一期一会、信仰と心、運などの話など気が付けば3時間余が過ぎていた。
京都のお土産まで頂いた。感謝あるのみです。 

拝見と話に夢中で納経帳をカメラに収めるのを抜かった。
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[ 2016/11/29 16:06 ] 和文化 | TB(0) | CM(0)

”文化の日”にちなむ

11月に入った途端に寒くなった。冬支度が急務だ。
今日は「文化の日」。昔で言えば“明治節”。
2018年に明治維新から150年を迎えるのを前に、祝日法を改正して、
「文化の日」を「明治の日」に改めようとする動きが出ている。

憲法改正もいよいよ現実味を帯びてきた。
「自由と平和を愛し文化をすすめる日」、文化をすすめることになるのであろうか?

香川県と言えば・・・誰もが一番に上げるのが「讃岐うどん」であろう。
別名「うどん県」と言うほどうどんを愛してやまない、消費量全国1位である。

うどん文化の次は何?と問われれば“さて?”と考えるが多いであろう。
遍路、瀬戸内の多島美、瀬戸大橋、栗林公園、直島、オリーブ、ため池、あん餅雑煮、
和三盆などを挙げるのだろうか?

うどん、オリーブは勿論生産量日本一、他に手袋、桐下駄、うちわ、松の盆栽もある。
でも文化という視点で忘れてならないのが「香川漆器」である。
漆器と言えば輪島塗が有名であるが、山中、京、会津に次いで5位の生産量を誇っている。
種類の豊富さでは全国一だ。

江戸後期に高松松平藩の保護のもと、その基礎を築いた人が「玉楮象谷(たまかじ・
ぞうこく」(1807~69)である。
象谷翁の実弟も讃岐彫りの名匠と称され「黒斎」と号して、「文綺堂(ぶんきどう)」
を名乗っている。
象谷翁の後を継いだのが三男の雪堂(せつどう)で父に劣らない彫刻技術を有していた
と言われている。
現在では彫漆、蒟醤、存清、後藤塗、象谷塗の5つの技法が国の伝統的工芸品に
指定されている。

広盆
広盆2
ぶんきどう
広蓋(文綺堂製)横705×縦445×高60

丸盆
雪堂
丸盆(雪堂刀)
[ 2016/11/03 16:11 ] 和文化 | TB(0) | CM(0)

葉月雑感

昨夜はようやく待望の雨が降った。
ここ数日ぐずつきそうだが、水不足解消にはほど遠いだろう。

「葉月」も終盤に差し掛かった。
葉月とは旧暦の8月のこと、今の暦では9月にあたるわけで、
葉が落ちる月、秋なのです。
この他、木染月(こぞめづき)、秋風月(あきかぜづき)、紅染月(べにぞめづき)、
染色月 (そめいろづき)、其色月 (そのいろづき)、濃染月 (こぞめづき)、
雁来月(がんらいげつ)など、秋らしい異名を持っている。

日本の夏は高温多湿というのが大きな特徴だが、今年の残暑の厳しさは異常だ。
今もって35度以上の猛暑日が続いている。
雨は全く降らないのに湿度は高いからなお堪える。
冬の寒さは着込めば何とか凌げるが暑さは裸以上に脱ぎようないからどうしようもない。

「徒然草」に「家の作りようは夏を旨とすべし」との一文がある。
昔の家屋は、家のあちこちには、自然な涼しさを得られるような工夫がなされていいる。
「屋根」は本瓦葺、粘土瓦は断熱性、通気性に優れ、壁は土壁、室内の湿気を吸い取り、
調整してくれます。
「家屋」は木材ですから優れた調湿機能があり、快適な住環境を作り出してくれます。
屋根の「ひさし」は長く、「縁側」があって、夏の直射日光が殆ど部屋に入らないし、
雨を遮ぎってくれるため、窓を開けることができる。

各部屋は「ふすま」や「障子」「簀戸」で仕切られており、開け放てば風通しがよくなる。
「畳」は藁とい草だから、涼しい。
籐で編んだ「とむしろ」や「あじろ」を上に敷けばもっと自然のヒンヤリ感を感じます。
「すだれ」や「よしず」は日よけに良し、隙間から涼しい風を取り込むことができる。
このように日本家屋は蒸し暑い日本の気候に適するよう、
先人の技と知恵が詰つまっています。

涼しい風といえば、「扇子」や「うちわ」ですね、簡単、便利、夏には手放せません。
「浴衣」も夏の風物詩、服よりもずっと風を通しやすく、見た目にも涼しそうだ。
その他、「打ち水」、「風鈴」、「水琴窟」、「釣りしのぶ」「たらい」「行水」「金魚」「かき氷」
「ラムネ」なども涼しさを運んでくれます。
感覚で涼しさを感じさせる演出は、日本ならではの発想でしょう。“涼の文化”です。

エアコンの普及や断熱性の高い住宅、様々な技術開発で私達の生活は快適になった。
私も今夏はエアコン無で過ごせません、その陰でこれらは次第に捨てられつつあります。
地球環境にも優しさが求められる時代、快適さばかりを追い求めていると失うものも
少なくありません。
衣・食・住、全てにおいて季節感が無くなりつつあります。

四季折々の変化を感じる、この季節感こそが日本の文化の良さなのです。
自然と共存するような生活を振り返ってみることも今の日本人に必要なのかもしれません。

Uターンする台風なんて聞いたことが無い。その10号が心配です。
私のに当たる「二百十日」も近い、今年は台風襲来の多い年らしいが・・・
新涼、小さな秋もそろそろ気配を見せそうです。

ひさし縁側
縁側2簀戸
とむしろあじろ
ふうりんうちわ
[ 2016/08/27 09:14 ] 和文化 | TB(0) | CM(3)

つまみ人形

小槌巳(3種)福田
つまみ人形(民芸福田)

香川県では、古い伝統を持つ数多くの民芸品が昔ながらの手仕事で引き継がれている。
高松張子や一閑張、琴平の一刀彫などその種類も多岐にわたっている。
100種類以上あるとされる高松張子の中でも、有名なのが「奉公さん」。
円筒形の張子人形で、おかっぱで赤い着物を着た丸顔の少女の顔が描かれている。
奉公さん奉公さん(宮内家)

香川の張子は、水戸黄門の兄、松平頼重が入封する際、家臣が張子細工の製法を伝えたと言われている。
名をはせるのは、明治期になって梶川政吉が土人形作りを学んで人形店を開いてからである。
取分け有名になったのは、人間国宝にもなった次女の宮内フサ氏。
明治中頃から1985年に102歳で亡くなるまで数多くの人形を制作した。
氏の作品「鯛持ちえびす」は、昭和34年の年賀記念切手の図案に採用されたほどだ。
鯛持ちえびす「鯛持ちえびす」の年賀切手

作品の中に「つまみ人形」と呼ばれるものがある。
つまみ人形ライト&ライフ
大きさ3㎝ほどの土人形である。粘土をつまんで作るからという「つまみ人形」。
花嫁が嫁ぎ先の近所の子供達への手土産として配っていた嫁入人形を小さくしたものである。
高松周辺地域では土人形を嫁入り道具に加えて持参する風習があり、鯉抱き、春駒持ち、子守り、
天神、牛乗り、鯛、福助、大黒、鯛戎、狆(ちん)、狆鯛(ちんだい)など多数の種類があります。
狆鯛香川県立ミュージアム
狆鯛・・・「いぬ」はさぬきの方言で「帰る」の意味。嫁に行ったら「いぬまい(帰るまい)」という事。
また、犬は安産祈願にもなっており、鯛は勿論“めでたい”。

戦後こうした風習は途絶えてしまったが民芸品としては今も作り続けられています。
お正月の室礼にもいいですね。
ほのぼのとした素朴な表情の中に、忘れかけていた日本人の心がしみじみと伝わってくるじゃないですか。
ほっこりです。
[ 2013/01/06 12:57 ] 和文化 | TB(0) | CM(0)

骨董集

書庫の中に珍しいものを見つけた。
骨董集全4巻
「骨董集:巻の一~四」の四冊。ちょっと面白そうである。
巻四の最後を広げた。
奥付
著者は醒斎老人(京傳)、傭書(ようしょ)、写し書きをしたのは島岡長盈、藍庭林信の両名、
刷人は名古屋治平と朝倉吉次郎。
発行は雁金屋青山清吉とある。雁金屋は享保年間創業の小石川伝通院前の本屋さん。
年代は巻三に文化12年9月25日とあるから1815年である。

目録を見ると、好事の心得、竹馬、銭湯風呂、名古屋帯、かばやき、行燈・桃燈、
編笠、仏像、重箱・硯蓋、火燵、毬杖、雛遊び、端午、遊戯・遊具・・・・
江戸時代の生活文化を描いた挿絵入りの随筆集である。
目録1
目録2 目録3
挿絵を中心に一部をご紹介します。
古代竹馬の図 寛永正保時代の銭湯風呂の古図
左:古代竹馬の図:500年前のとある。竹馬は鎌倉末期が起源?
右:寛永正保時代の銭湯風呂の古図:褌をつけたまま入浴?
耳垢取古図
耳垢取古図:辻で立ったまま?治療?
名古屋帯古図 火鉢
左:名古屋帯古図;帯か?どうみても紐だ、名古屋帯は明治以降ではなかったのだ。
右:火鉢:手を炙らずに足、腰をかけて火鉢に足を・・品がないな~火燵だよ。
桃燈編笠
左:桃燈:提でなく桃?篭なのだ
右:編笠:頭巾まで合わせるとどのくらいの種類があるんですかね。
傘替わり、顔隠し、日除け・・女性の笠は怪しげな色気がありますね。
丸尽くしの文様1 丸尽くしの文様2
丸尽くしの文様:慶安、万治、寛文の頃の女性の衣服は丸尽くしの文様が流行ったようです。
雛の図
雛遊びの図
び雛遊びの図
雛の図及び雛遊びの図:桜と菊、江戸時代は3月に飽きたらず9月の重陽にも後の雛として
雛人形を飾ったのです。
慶長年中の繪於國歌舞伎の図1
慶長年中の繪於國歌舞伎の図2
慶長年中の繪於國歌舞伎の図:歌舞伎はこの頃誕生したようですね。
見世棚古図
見世棚古図:京三条の街並みです。
手鞠図1
手鞠図2
手鞠図:正月の女の子の遊び、ひふみよ・・何で男が?
天和貞亨の頃の雛人形と信濃羽子板
天和貞亨の頃の雛人形と信濃羽子板

写真が小さく見辛くてごめんなさい。
[ 2011/11/10 22:21 ] 和文化 | TB(0) | CM(2)