南山大師像

白象に稚児は金色花まつり(飯田蛇笏)

白象(しろぞう)の夢はお釈迦様が誕生するお告げだった。
今日、4月8日はお釈迦様の生まれた日を祝う「花祭り」である。

平凡を倖せとして去年今年 (白象)

「白象」と言えばこの句を思い出す。
森白象、高野山真言宗総本山金剛峯寺第406世座主、森寛紹氏の俳号である。
12歳で入寺した普賢院の普賢菩薩が白象にのっているのに因んだもの。
教えて頂いたのは中川義博大兄である。
その大兄からご友人のD氏が彫られた「南山大師像」が届いたとの連絡を受けた。
直ぐにご自宅へ訪問、拝顔させていただいた。

大師象表 大師象裏

Dさんは、大兄を通じてミニ達磨の根付や一刀彫の「福禄寿」を頂いた方だ。
会社を退職されてからこの世界に入いられたというから驚く。
この作品は会社OB会の美術展、特に弘法大師像をと所望され出品されたものだという。

一刀彫、台座から高さ約50㎝の大作である。
大師を彫るなんて恐れ多く、せめて「四国霊場修行僧」にして欲しいと願ったそうだが、
難渋の末、3ケ月の短い期間にも関わらず一心不乱に彫り続け完成させたのである。
弘法大師空海の修業時代のお姿、「修行大師」である。

四国八十八ヶ所の札所には全て、大師堂の中には弘法大師像が安置されている。
また大師堂の前や境内には必ず大師像が立っている。
それを参考にしたのではなく、大兄の巡礼修業を思い浮かべ彫ったと言う。

会場には大兄が贈呈した
“古人の跡を求めず 古人の求めたるところを求めよ”
との愛媛の画家、越智雄二氏の直筆色紙と合わせ展示。
この言葉は南山大師の金言なのである。
南山大師とは南山すなわち高野山を開いたところから付けた弘法大師空海の異称である。それを作品の名にしたのである。

仏教の始祖は「お釈迦様」、空海はお釈迦様との間の1250年の悠久な空間時間を超え、
さらに超えたのではないか、誕生の日に、これも仏天がもたらした縁であろう。
余談だが空海が弘法大師と呼ばれるようになったのは、空海の死後90年後、
醍醐天皇より諡号(しごう)が贈られてからである。

大師お顔

右手に金剛杵を、左手に木鉢を持ち、念珠をかけている。
お顔は修業僧ではあるが穏やかなご表情の丸みを帯びている。
修業当時の空海は紙の衣服に荒縄の帯を締めてゴザを抱え、食を乞う托鉢用の木鉢と
数珠を手にしたみすぼらし姿さではなかったか・・でも大師像としてはそうは表現できない。

じっくり拝顔していると、慈愛に満ちていてあり、心安らにさせてくれるのだ。
“手を合わせるにはいられない”仏教芸術品はそうでなければならない。
「同行二人」遍路たちを見守っている像にも見える。

この像は東かがわ市に寄贈され、応接間に飾られ展示される予定だそうだ。
東かがわ市は1460㎞、365里におよぶ八十八ヶ所巡礼、結願の霊場「大窪寺」から
第1番の「霊山寺」の間にある。
四国を一巡するという意味合いで、結願が終われば第1番の霊山寺へお礼お参りする。
その後、高野山奥の院のお大師さまに巡礼の無事を報告し、納経帳の最初の頁に
朱印をいただいて全ての道程が終わるのです。

「過去に霊場を280回も巡礼した中務茂兵衛さんは243基の道しるべを残しています。
その晩年の5基は東かがわ市にあるのです。四国巡礼の本来の意味は、お寺を回るのではなく、お寺からお寺の行程にある。その行程の内でも結願の88番から発心の1番に至る道は非常に意味があるのです」
と大兄は強調する。
その意味で大作の大師像が当地に寄贈されるに至った、それにご尽力された大兄の功績は大きい。

手彫りの作品は同じ物が二つとない。
無心になって彫っている人の心の中には「仏性がある」と言われます。

Dさんは「捨てられる木屑だが仏像や七福神など彫れば蘇生する」と言われるそうだ。
国宝も殆どが木製である。木屑でも生きている、魂が宿っている、彫られても息をしている。
これからも一つずつ心を込めて彫り続けられるのだろう。
それがモノづくり、彫刻師の醍醐味であるように感じる。
正に「知好楽」です。



弾正原作品
D氏作品の数々(中川大兄所蔵)
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[ 2018/04/08 10:24 ] 作品 | TB(0) | CM(0)

俳句・柳壇~四国新聞選~

3日付の地元四国新聞の特集に興味が引かれた。
新年読者文芸の俳壇・柳壇に同級生2人が入選されていた。

この道を北風に抗ひつつ歩く
天空になきし結界落葉掃く


原連君の句である。先の句は最高位の第1席に選ばれた。
選者の評は、「目的地までこの道を行くしかない。正面から北風を受けても抗(あらが)いつつ歩く。作者の来し方もそうだったのであろうか、潔い人となりもうかがえる。」と記してある。

惑星の自転公転年明くる
初神籤言はぬ本音を当てられし


明田紘子さんの句である。先の句は秀逸に選ばれた。
お二人とも元は近所、一昨年の同窓会でお会いした。
親しく話したがこんな趣味があるとは言わなかった。
能ある鷹は・・・また紙面でお目にかかりたい。

当然この方の句も入選されている。

細やかな夢も果たせず年の暮

中川義博大兄の句である。
細やかどころか、私には大きな生きる希望と夢を与えて下さっている。
間もなく28回目の四国八十八ケ所巡礼をスタートされる。
ご本人は「同行二十八人」と命名しているが、ご安全にと願うばかりである。

[ 2018/01/04 11:03 ] 作品 | TB(0) | CM(0)

石榴(ザクロ)

ざくろ 母絵 母が描いた「石榴」

ま二つに割れてこぼれず石榴の実(鷹羽狩行)

ザクロ、庭木として植えられていた。
秋になると実が割れ真っ赤な粒が顔を出す。
甘酸っぱくて美味しいからと言われたが、何だか不気味に感じ食べなかった。

ザクロは漢字で表記すると、「石榴」もしくは「柘榴」。
日本へは平安時代に中国から朝鮮半島を経由して渡来してきた。

五月雨にぬれてやあかき花柘榴 (志太野坡)

初夏にオレンジ色の花が咲きます。
美容や健康によい、「女性の果実」と一時ブームになりましたが・・今は?

実柘榴の笑ひ初めたる鬼子母神 (関根洋子)

1/18付のブログで鬼子母神(窪田東堂作)を紹介した。
ザクロは鬼子母神と強いつながりがある。
鬼子母神は天女の姿をし、左手で子供を抱いて、右手に吉祥果(きちじようか)を持っている。
吉祥果とは魔障を払う果実のことで縁起のいい果物のことです。
ザクロの実は沢山の小さな実があり、それぞれに小さな種を持っていることから、
古来より子孫繁栄をあらわす果物として「吉祥果」と言われているのです。
[ 2017/09/13 07:03 ] 作品 | TB(0) | CM(4)

福禄寿

福禄寿 70㎜×35㎜

中川義博大兄から一刀彫の「福禄寿」を頂いた。
以前、ご友人のDさんが彫ったと根付の「ミニ達磨」を頂いた。(2月26日付ブログ)
今回もその方の作品である。

二つ頂いたが一つは私にと忖度して下さった。

福禄寿は七福神の一つ。
福は幸福、禄は俸禄、寿は長寿の三徳を具現化したものである。

禿げた長頭に豊かな白髭をたくわえた、背の低い老人である。
見ての通りきめ細かく見事に彫られている。

大変な人徳をもった神さまである。
誰もがこのようになりたいと願うが、とてもとてもこの全てが備わるのは難しい。

寿

底に「寿」と彫ってある。
私の病気治癒、健康長寿を願ってのことと、有難く頂戴した。

感謝の念に堪えません。
この場を借りてお礼申し上げます。

檜の良い香りがする。さて、どこに祀っておこうか。
[ 2017/07/21 17:45 ] 作品 | TB(0) | CM(0)

五百羅漢 戯画戯語

窪田 羅漢

中川義博大兄から、長年のご友人であった仏教版画家「窪田東堂」氏の著。
「羅漢 戯画戯語 春夏秋冬」を頂いたことを、先月5月30日に紹介した。

羅漢(らかん)とは、阿羅漢 (あらかん)の略称。
仏教において、釈迦の教えを受け、人々から尊敬や施しを受けるに相応しい
聖者(資格のある人)のことである。

五百羅漢とはその500人の弟子ということである。
羅漢信仰は平安時代に日本へ伝えられたと言われ、鎌倉時代以降、隆盛をみた。
特に江戸時代以降、各地に彫像や絵画がつくられて、全国規模の隆盛を見せた。

窪田氏が彫った版画は剃髪し,袈裟を着た僧形で表わされている。
「戯画」というだけあって、太っている者、痩せている者、天空を仰いでいる者、
笑う者、泣く者、怒る者、おとぼけや困った顔など、
一体一体がさまざまな面相と姿態をしており、喜怒哀楽の表情は見ていて面白い。

「戯語」も含蓄がある。ふざけた言葉はない。
500全てそれぞれが名言である。
全て紹介したいが、私が生き方と共鳴したベスト15を挙げる。
1の「あの世でも・・」 は中川大兄も意見一致であった。

1. あの世でも、お国訛りと、醤油豆と、うどんでお願いします。
2. やるなら今しかない。一大事とは、今日、只今のこころじゃ。
3. 知る者も、好む者に敵わず、好むとて楽しむ者に勝てぬ。
4. 絵がある。詩がある。そんな言の葉を祈り継ぎ、語り継ぎたい。
5. 気付く、忘れる。気付く、忘れる。気付いて、生涯が勉強。
6. 人間は尊厳の紡ぎ物。人間は感性の染物。人間は習慣の織物。その包物。
7. どなた様にも一会の縁。座らさせていただいた石にも合掌する。
8. 好いことも、悪いことも、何時までも続きはせん。それを無常という。
9. 生き方が少しわかり、時を惜しむ笹船の流れが速くなった。
10. 淡いものは嬉しい。土地の地味が食える。季節の温度が食える。
11. 花鳥に遊ぶ。山水に遊ぶ。風月に遊ぶ。自分にだって遊ぶさ。
12. 今生は病む生。口から心から、大事をとる習慣を身につける。
13. 才能は誰にもある。どこで活力をつけて、発揮する場を持つかだけや。
14. 自分の中に、自分の知らん自分を見付けたら、それが自分の可能性や。
15. 年齢を尋ねてはおらん。どこを歩いて来たかを聞いておる。

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[ 2017/06/20 10:10 ] 作品 | TB(0) | CM(0)