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桃の節句

20年ひな祭り120年ひな祭り2
20年ひな祭り320年ひな祭り4

雛祭る都はづれや桃の月 (蕪村)

昨日は女の子の健やかな成長を願う「ひな祭り」、「桃の節供」だった。
3人の娘も既に嫁ぎ、子供はそれぞれ2人、私にとっては孫、男4人、女2人である。
五節句の一つ、正しくは「上巳(じょうし・じょうみ)の節供」という。
上巳とは、3月上旬の巳の日という意味。今年はまさに3日が「巳」だった。

お節句に間に合ふやうに桃の咲く(高澤良一)
桃活けて雛なきおもひ俄かにも (朝倉和江)


梅が咲き終わり、桃の花が咲く頃だから桃の節句。
桃は多くの実をつけることから「子孫繁栄」、女性の象徴でもあるのです。
木に兆と書くことから「吉兆」、邪を祓う霊木として「魔除け」としての意味がある。
「退治てくれよう桃太郎」なのです。

形代の袂ひろげて流れゆく(加藤三七子)

人形(ひとがた)、あるいは形代(かたしろ)と呼ぶ草木あるいは紙やわらで作った素朴な人形に、自分の災厄を
移して海や川に流した祓いの行事と、平安時代に始まるお人形遊び(ひいな遊び)とが、長い間に結びついたのが
「ひな祭り」の起こり。確立されたのは江戸時代です。


20年ひな祭り520年ひな祭り6

菜の花の 白和もよし 雛料理(山口青邨)
白酒に酔ひしにやあらん愉しかり (高橋淡路女)
蛤のひらけば椀にあまりけり (水原秋櫻子)


雛祭は女の子のお祭りだけに華やかだし、五節句の中では一番優雅で楽しい。
お供えは「雛あられ」、「菱餅」、「白酒」、料理はちらし寿司と蛤のお吸い物などです。
桃花酒を飲んで百歳(ももとせ)まで長生き?それは望むべくも無い、無理というものだ。


20年ひな祭り720年ひな祭り8

14回目を迎え、全国的にも知られだした恒例の「引田ひなまつり」も新型コロナウイルスのため中止。
ウイルス憎しである。
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[ 2020/03/04 08:08 ] 室礼 | TB(0) | CM(0)

睦月~正月~

座敷全体

家族や親戚が集い睦見合う月、だから「睦月(むつき)」。
「正」は年の始め、改まるのとの意から「正月」と呼ばれる。

何百年に渡り延々と引き継がれてきた正月の習慣や仕来り、最近は廃れつつある。
玄関に門松やしめ縄をしている家は既に1割程度か?
鏡餅、お屠蘇、おせちはどうなのであろうか?
年神様が降りてきても依代がなければうろうろするばかりである。

正月は家族が一堂に会し、新年の挨拶をした後、
お屠蘇→祝い肴→おせち→お雑煮」と進める。

屠蘇うけて居並ぶ顔を愛しめり(酒井彩雨)

お屠蘇」、それ自体を知らない世代もいるのかも知れません。
正式名は「屠蘇延命散・屠蘇散」、邪気を払い一年の健康長寿を願う薬酒である。
昔は薬屋や酒屋さんでくれたものだが、最近は置いていない。
十種類近くの生薬を合わせたもので、大晦日に酒・みりんと一緒に一晩漬けておく。
「式三献」、年長者が盃に注ぎ年少者から年長者へと順番に少量ずつ三回注ぎ飲む。

おせち」は御節供(おせちく)」を略したもので大晦日に歳神様にお供えするお料理。
おせち料理には五穀豊穣、不老長寿、子孫繁栄などを願い、海の幸、山の幸がふんだんに盛り込まれています。
「福を重ねる」「めでたさが重なる」ということで正式には5段の重に詰めます。
一の重が口取り・祝い肴、二の重が縁起のいい海の幸の焼物、三の重は山の幸を中心とした煮物、余の重(四は数が悪いので与)は日持ちのする酢の物・和えもの類。
五の重は年神様から授かった福を詰める場所として空っぽにしておく。
最初に「祝い肴」からいただきます。黒豆・数の子・ごまめの三種です。
祝箸は「歳神様と共に食事をする」と言うことから、両方の先端が細くなった物を用います。

そして、「お雑煮」、すまし・味噌仕立て、地方、家庭によって実に様々です。
さぬきは言うまでもなく白味噌の「あん餅雑煮」である。

あん餅がどかっと座る雑煮椀
やはりこれ餡が溶け出る雑煮かな


床長持ち
左全体テーブルUP
テーブル縦玄関正面茶室床
玄関棚カウンター

恵まれし寿をかしこみて初詣 (富安風生)

一連のお祝いが終われば、「初詣」、地元の「鎮守神」に参拝する。
参拝した後はゆっくりと家族など大切な人と過ごすのが吉だ。

お正月には 凧あげて こまをまわして 遊びましょう
お正月には まりついて おいばねついて 遊びましょう


こうした風物も見られなくなりました。

屠蘇風呂

戌の置物と一緒に「屠蘇風呂」というのを福岡の親戚から頂いた。
「屠蘇風呂」? 初めて知った。
6種類の香草を混ぜ合わせ、縁起の良い文字が描かれている布で包んである。
蓋を開けるといい香りがする。
元旦は年神様がもって来た「福」を洗い流してしまうとことから風呂に入らない。
昨夜は「屠蘇風呂」で湯っくり楽しだ。干せば3日間使用可だ。

今年は七草の前に「寒の入り」、最も寒さ厳しい時期になります。
正月疲れもあります。どうかお風邪など召しませぬよう自愛専一に。

◆歳時記◆

1日 元日
2日 初夢、書き初め、満月(スーパームーン)
4日 御用始め
5日 小寒
7日 人日の節句(七草)
8日 成人の日
10日 十日戎
11日 鏡開き
13日 寒九
15日 小正月、小豆粥、どんど焼き
16日 薮入り
17日 冬土用入り
20日 大寒、二十日正月
25日 初天神
27日 奈良若草山焼き
31日 満月(皆既月食)

今月31日は2度目の満月、しかも皆既月食。
皆既の長さは21時ごろから1時間以上もある月食なので
注目が集まりそうだ。
何とも嬉しい月だろう。
[ 2018/01/03 08:59 ] 室礼 | TB(0) | CM(1)

重陽(ちょうよう)の節句

重陽

今日、9月9日は五節句の一つ「重陽」です。
五節句の中では、あまり行われなくなり、一番馴染みが薄くなってしまいました。

古代中国の陰陽五行説では、奇数は縁起の良い数字、月と日に重なった日に
行事を行う習慣がありました。

9は奇数の中では最も大きく、最も縁起の良い数字とされていました。
重九(ちょうく)とか重陽の節供として、五節供の中でも最も重んじられた行事でした。

旧暦の9月は四君子(しくんし)の一つである菊の頃、菊を飾ったり、菊枕を作ったり、
「登高」、小高い山に登って菊の花や花びらを浮かべて菊酒を飲んだりして、
邪気を祓い、長寿や無病息災を祈る風習がありました。

菊は日本の代表的な花ですが、元来は中国のもの、奈良時代に伝来したものである。
平安時代には「菊の宴」「観菊の宴」として宮中の年中行事の一つとなりました。
9日の前日に菊花に真綿(まわた)を被せておき、翌朝、花に降りた夜露をしみ込ませた
綿で肌をなでると、若さを保つということで宮中の女官達の間でもてはやされました。
これが「菊の被綿(きせわた)」ですね。

江戸幕府になって五節句が定められ、この日は武家の祝日となり、
明治時代までは庶民の間でもこの日に様々な催しが開かれていました。
その名残が各地の「菊花展」ですが、これとて最近は開かれなくなっています。

九州地方などでは重陽の節供と合わせ収穫祭や稲の刈り上げの秋祭を行う
「お九日(おくんち)」という風習があります。
蓬餅をつき、栗飯や赤飯を炊き、菊の花や酒、収穫した稲の穂などを神様に供えて、
豊かな実りへの感謝を表しお祝いをします。

新暦の今日では菊もない。稲の収穫もまだのところが多い。
重陽は宮中や武家中心ということもあって元来馴染みが薄い。
でも五節句の一つ、大切にしたいものです。
どのような形で後世に残せばいいでしょうか?

過去のブログです。ご参考までに

2010年その1
2010年その2
2011年その1
2011年その2
2011年その3
2012年


[ 2017/09/09 05:28 ] 室礼 | TB(0) | CM(0)

お盆

ほゝづきの わかき青さや 魂まつり(鈴木真砂女)
むかひ火や 父のおもかげ 母の顔(加舎白雄)

今日から月遅れのお盆。
祖先の霊を供養する行事である。

推古天皇の時代(西暦590年代)から行われていたという。

13日夕刻に迎え火をたいて先祖の霊を迎え、
14、15日は仏壇前に精霊棚 (しょうりょうだな) を設え供物を供え精霊の供養をする。
16日夕刻には送り火を焚き、再び霊を送る。

正式には盂蘭盆会(うらぼんえ)、魂祭 (たままつり)ともいう。

「精霊が家に帰ってくるからおもてなしをする」という考えは、日本独自の考え方。
仏教における盂蘭盆会本来の意味は、
「祖霊を死後の苦しみの世界から救い助けるための仏事」のことである。

15日は昭和の「終戦記念日」とも重なっている。
先祖の霊と合わせ犠牲者の冥福を祈る日でもあります。  合掌


浄土真宗では死即仏、精霊が家に帰るという考えはないから、こうした一連の行事はしない。
以下は室礼として行ったものである。
2010/08/10ブログ
2010/08/11ブログ
2011/08/13ブログ



(追記)
 三本松高校

夏の全国高校野球、三本松高校は下関国際高校に9対4で快勝した。
春夏通じて甲子園初勝利、東かがわ市、三本松の名が全国に知れ渡った意義は大きい。
校歌を聞いた時は目が潤んだ。
香川県勢としても2011(平成23)年の英明以来、6年振りの初戦突破である。
次は東東京の二松学舎大付属との対戦。都会の高校に田舎者が挑戦する。
臆せずしっかりと闘って欲しい。 “ガンバレ三高” 

[ 2017/08/13 06:51 ] 室礼 | TB(0) | CM(2)

涼を呼び起す設え

空

今日も真夏日、大変蒸し暑い。

家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。
暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり。(徒然草第55段)


冷暖房技術の発達により、家の作りは兼好のアドバイスは忘れてしまったようである。
季節によって住いの設えも改める。日本の昔からの流儀である。

猛暑を少しでも涼しく過ごすために・・

夏座敷簀戸

戸障子を運び去り夏座敷出来 (星野立子)
簾戸入れて我家のくらさ野の青さ(橋本多佳子)

とむしろアンペラ

君端居われは離れにたかむしろ(高濱年尾)
簟名残におきし銀煙管 (松瀬青々)

団扇1団扇2

涼しさやあふぐ団扇のうらおもて(正岡子規)
盃をのせて出したる団扇哉(正岡子規)

端居籐椅子

われをわがみつめゐるなり夕端居 (木村蕪城)
三伏や昼をまどろむ籐寝椅子(日野草城)

円座蚊取

君来ねば円座さみしくしまひけり(村上鬼城)
営々と蝿を捕りをり蝿捕器(高浜虚子)

ギヤマン掛香

床の間に古きギヤマン設えし
母がせし掛香とかやなつかしき(高浜虚子)

風鈴すだれ

軒風鈴風のいふこときかぬなり(高澤良一)
一枚の簾に除けて見る暑かな(中村汀女)

ソーメン2ソーメン1

さうめん流し終へたる水に箸うかぶ(横山白虹)
[ 2017/07/14 16:35 ] 室礼 | TB(0) | CM(0)