企業の不正・不祥事

三菱自動車の燃費不正・リコールを放置、タカタ のエアバッグ不具合、
東洋ゴムの試験データ偽装、そして先月は日産自動車の完成車の無資格検査。
今月は神戸製鋼所がアルミや銅の製品の一部で強度などの性能データを改ざん
していたことが明らかになった。

業界トップクラスの製品は多面に使われている。
また下請企業も多いだけに影響は計り知れない。

企業はお客さまあってのもの。
「顧客」を忘れ、ユーザーの安全を二の次とする姿勢は言語道断。
企業理念に「顧客重視」掲げ、口では“お客さまのために”と言っても信用ならない。
言い訳は通じない。
勘ぐればこれらは氷山の一角と思われても仕方ない。

大王製紙の不正巨額損失、オリンパスの粉飾決算、みずほ銀行の反社会勢力取引
などと言う犯罪・不祥事も後を絶たない。

日本企業のモラル、コンプライアンスは何処へいってしまったのか。
神戸製鋼所は8月末に事実をつかみながら公表が遅れた。
その理由が「顧客への説明と安全確認を最優先した」だと言う。
経営のトップが顧客という真の意味さえ解っていない、これには驚きだ。
不正を「正当化」してしまっては経営者失格だ。

確かに個人にしろ、企業、国に至るまで自己防衛本能が働き、不都合なことは隠したがる。
しかし、情報開示の今、不正・不祥事が発覚すれば、直ちに公表するのが最優先だ。

経営者の資質もあろうが、「うちの製品に欠陥なんてありえない、チェック体制も万全だ」
という過信はないだろうか?
伝統企業、大企業ほどその傾向が強いように思う。
知らず知らずの内にこうした組織風土が出来上がってきてはいないか!

「やっちゃえ日産」(永ちゃんのCM)ではしゃれにもならない。
日本企業最大の信頼は「品質」なのである。
これが揺らげば将来はない。
不正・不祥事は隠せば隠すほど結果は高い物につく。

企業は社会の一員、社会のために存在するのである。
お客さまから「お宅の会社が無くても困らないわ」と言われたらどうする。

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[ 2017/10/13 13:41 ] コラム | TB(0) | CM(0)

秋の新番組

NHK連続テレビ小説「ひよっこ」が終わった。
時代は東京オリンピックが開催された60年代、茨城から集団就職で上京。
主人公のみね子は、さまざまな出会いと別れを経験しながら、家族や周りの人々の
優しさを感じながら成長していく。モデルはいない。
平均視聴率は20.4%。連続テレビ小説では平均的だが高視聴率である。

今月からスタートした「わろてんか」。
明治後期、大阪商人で大いに栄えていた時代、一人の女性が愛と笑いとをもって
懸命に生きる一代記である。
まだ始まったばかりであるが、老舗薬問屋のいとはん「てん」は生まれつきの笑い上戸。
旅芸人の藤吉と出会い、恋に落ち駆け落ち、笑いで生きようとする。
さてどう展開するか、興味深い。

水戸黄門」が6年ぶりに復活した。
筋書きは分かっていても見てしまう人気シリーズの一つである。
今まで黄門を東野英治郎、西村晃、佐野浅夫、石坂浩二、里見浩太朗が演じてきた。
今回は武田鉄矢さん、第一回では悪代官を「このバカチンがぁ!」と一喝した。
出身は博多、博多と言えばラーメンだ。
黄門様は日本で最初にラーメンを食べた人と言われている。
武田黄門様も自らラーメンを作るシーンがあったが、さすが博多ラーメンではなかった。
傲慢で個性的な俳優である。アドリブに期待が湧く。

植木等とのぼせもん」ミュージシャン兼俳優の草分けと言えば植木等、
その付き人がコメディアンの小松政夫さん。自作書「のぼせもんやけん」のドラマ化である。
昭和の時代、ハナ肇とクレージーキャッツは一世を風靡した。
高度経済成長下の時代背景と無責任男がマッチしたのだろう。

♪見ろよ青い空白い雲、そのうち何とかなるだろう (だまって俺について来い)
♪チョイト一杯のつもりで飲んでいつの間にやらハシゴ酒 わかっちゃいるけどやめられねぇ・・スイスイ スーダララッタスラスラ スイスイスイ (スーダラ節)

植木等役は山本耕史、声が良く似ている。だからなのか?
植木さんの父親役の伊東四朗さんもいい味を出している。
43年間続いた師弟愛、今でもこのような関係はあるのだろうか?
笑いと涙の連続、見ていても懐かく楽しい。

“私、失敗しないので” “いたしません”が帰ってきた。
ドクターX ~外科医・大門未知子~」が明日から第5シリーズとしてスタートする。
フリーランスの名医が現実いるのかと思うが、難手術を成功させて患者を救う
カタルシスは痛快である。
白い巨塔、大学病院という古くて非効率な男社会が、たった一人のフリーランスの大門に負かされるのである。
米倉涼子の魅力が大きいのは言うまでもないが、”御意”を固める大物や演技派男優が情けなく負けていく姿も爽快である。
視聴率ダントツ、無敵の大門未知子”楽しみである。
[ 2017/10/11 08:50 ] コラム | TB(0) | CM(0)

10月10日

昨日は「体育の日」だった。
1964(昭和39)年10月10日、「世界中の青空を東京に集めた」東京五輪は開幕した。
あの日のように日本中青空が広がり、季節外れ、真夏日のような暑さになった。
全国各地でアスリートと交流や運動会が催された。
子供の頃、秋と言えば運動会が代名詞だったが、最近は春が主流となっている。
スポーツの秋が少しずつ薄れているように思う。

「体育の日」は東京五輪を記念し制定された。
ハッピーマンデー制度で10月第2月曜日に移されたが、私の頭の中では10月10日である。
2020年、2度目の東京五輪が開かれる。
「体育の日」はどうなるのであろうか?

小池都知事は東京五輪を忘れたかのよう国政に夢中だ。
今日、第48回衆議院議員総選挙が「よーいドン」する。
奇しくも北朝鮮では朝鮮労働党の創建記念日、ミサイル発射も懸念される。
安倍総理は野党が憲法に基づいて求めた臨時国会をすっ飛ばす前代未聞の突然の解散。
民進党の前原代表は「安倍打破」一心で党を解体、小池新党の「希望の党」に合流した。
しかし左派は「立憲民主党」を作った。大物は無所属と三つに分断した。

選挙戦は、「自民・公明」「希望・維新」「共産・立憲民主・社民」の3極対決となった。
選挙公約を見ても急展開だけに準備・運動不足は否めない。
新党は体制も整っていない有様だ。
最大の焦点は1強政権で約5年続いた安倍政権継続の是非。
「おごりや緩み」「森友・加計隠し」の見える政権への審判である。

主役は政党ではない、私たち有権者である。
一票を大切にしなければならない。
[ 2017/10/10 08:33 ] コラム | TB(0) | CM(0)

秋の気

月の夜は閨のうちながらも思へるこそいと頼もしうをかしけれ (徒然草)

明けやらぬ4時が満月だったが、昨日からの雨、月を拝むことはできなかった。
4日、少し欠けたが「中秋の名月」は実に美しかった。
多くの方がそれぞれのスタイルでその魅力を堪能したことだろう。
雨月、寝床の中にいながら想像することも情緒があり趣深い。

光はいつも かはらぬものを
ことさら秋の 月のかげは
などか人に ものを思はする

瀧廉太郎『月』

空気が澄み渡った秋の月は四季の中でも一番綺麗に見える。
十三夜、小望月(待宵)、十五夜(満月)、十六夜、立待月、居待月、寝待月、
下弦の月、有明月・・昔の人は月にさまざまな風流な名をつけた。

一夜毎に月の出を待つ、その感性の豊かさには驚嘆する。
慌ただしく、スピードの速い現代社会にはこうした心の余裕はないが・・・
待ちの心、文化を持つことも大切。

秋の夕暮、虫の音、風の音・・・
私達は自然から授かった豊かな感性は受け継がれている。
花鳥風月、こうした情感を大事にし、後世につないでいかねば。

[ 2017/10/06 09:58 ] コラム | TB(0) | CM(0)

希望とは

「希望の党」、小池新党の党名だ。

希望とは一体何だろう。
辞書では
「ある事象・事物が実現する事を待ち望むこと。またはその望み。将来の明るい見通しを指して用いる事」とある。

「希望学」を研究している東京大学教授の玄田有史先生は、
希望は従来、個人の内面の問題とみなされてきたが、それを超えて社会にかかわる問題も内包する。
希望とは、「可能性」、「関係性」、「物語性」の3つを高いレベルで維持しつつ、「理想を実現するために行動する」とき、最大化される。という。
「可能性」とは、希望が実現するかどうかという可能性である。例えば、教育機会、仕事、収入、健康、福祉などの「可能性」が奪われ希望を失ってはいないか。
「関係性」とは、人と人との関係である。現代の日本は人間関係に疲弊する人が増加し、孤独に生きるしかない人や、人間関係に息苦しさを感じる人が増加していはいないか。
「物語性」とは、自己の希望を物語のように描いていくことである。
希望の多くは失望に変わる。しかし希望の修正を重ねることでやりがいに出会える。過去の挫折の意味を自分の言葉で語れる人ほど、未来の希望を語ることができる。

小池さんはこのことを知った上で「希望」と名付けたのだろうか?

今の自分に希望がありますか?
今住んでいる地域に希望がありますか?
これからの日本に希望がありますか?

こう問われたら何%「ある」と答えるだろう。

村上龍氏は、
「この国にはなんでもある。本当にいろいろなものがある。ただ、希望だけがない」といった。

小池さんは「国民のために、希望を抱いていただけるような政策を打ち出して、訴えを広げていく」と明言した。
議員になりたいと希望を持っている人は集まり出した。
この党の将来は明言どおりことが実践できるかどうかにかかっている。
希望には実現可能性が伴っていなければならない。

私的には二大政党、自民党と相互に政権を争いが出来る政党が出来ることが望ましい。
共産党は別にして一本化できないものか、そうすべきだと思う。それが希望である。
[ 2017/09/27 13:28 ] コラム | TB(0) | CM(0)