一期一会

♭一期一会 出会いの時の 
 ときめき忘れず 今日明日
 喜びも 悲しみも 
 わかちあい 生きてゆきたい
 一期一会 すべての人に 
 感謝のこころでありがとう
 楽しさも苦しさも 
 わかちあい 生きてゆきたい♭


田川寿美が歌う「一期一会(作詞・いではく、作曲・幸耕平)の一節である。
NHKラジオ「深夜便のうた」で流された。

山口耀久著に「烟霞淡泊(えんかたんぱく)」(創文社)というのがある。
烟霞=煙霞とは旅のこと、旅は淡く泊まる。
旅は正しく一期一会、人生もまた旅である。

烟霞淡泊

「一期一会」を座右の銘にしている人は多い。
一生涯の中では幾多の人との出会いがある。
その出会いを大切にするということである。

千利休が客人として「一期に一度の参会」を心得よ、と説いたことによる。
それを発展したのは桜田門外の変で暗殺された井伊直弼である。
NHKの大河ドラマ「おんな城主 直虎」、次郎法師の子孫である。

“茶の湯の交会は、一期一会といひて、例えば幾度同じ主客交会するとも、
今日の会に再びかえらざることを思えば、実に我が一世一度の会なり”

(茶湯一会集)

人生は線であるが、「今はこの瞬間」、人生で一度限りの点、”而今”である。
この点・一期一会を大切に積み重ねていくことにより人間力、人間の価値、
可能性が広がっていく。
春は出会いと別れが交差する季節である。
売り手市場の中で「キャラクター捕獲ゲーム型」とネーミングされた新社会人も
期待と不安の中で旅立つ。

学生時代の友は生涯続く大切な人である。
社会に出れば多様な人との出会いが待っている。
仕事自体も一期一会である。
一つ一つのことに真剣になって取り組んでもらいたい。

日本を訪れる外国人観光客もうなぎ上りだ。
最近は豪華客船で来る人が急増している。
乗客約1900人を乗せたイギリスの「クイーン・エリザベス」が19日高知新港に寄港した。
政府は2020年に4千万人、2030年に6千万人を目標とすることを決めた。

2020年には東京五輪・パラリンピックが開催される。
日本の伝統文化でおもてなししたいものだ。
観光や買物だけでなく、茶の湯外交をし、日本人の心を持って帰ってもらいたい。
茶道、抹茶 は今では世界共通語ともいえるほど有名な日本語だ。
「イチゴ・イチエ」もそうなって欲しいものであある。

特にトランプ氏、日本に来た時は茶の湯でもてなしをすべし。
頭を下げて、にじり口から茶室に入り、狭い茶室で静かに抹茶を飲んでもらいたい。
かつての中曽根・レーガンのように。

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[ 2017/03/24 18:14 ] コラム | TB(0) | CM(0)

南原繁氏歌碑「ふるさと」の筝曲 楽譜発見

ふるさと表紙

南原繁氏は、戦後間もなく1945(昭和20)年12月に第15代の東大総長となった方である。
学士会理事長、日本学士院院長などを歴任した。

東かがわ市相生の生まれ。生家は、特産和三盆といわれる砂糖の製造業を営んでいた。
香川県立大川中学(現・三本松高等学校)卒業後、一高から東京帝国大学法学部政治学科に入学。新渡戸稲造や内村鑑三の影響を受けた。

同じ相生出身の「ブギの女王」といわれる笠置シヅ子さんの後援会長も務めていた。

我が母校が誇る先輩である。生徒の時、講堂で先生の講演を一度聞いたことがある。

その歌碑が香川県と徳島県との境、大坂峠の展望台にある。
1953(昭和28)年に郷土入りされた際に大坂峠に立ち、幼時を偲んで詠まれたもの。
1957(昭和32)年に引田町と引田観光協会が記念として建立したものである。

歌碑

 幼くてわれの越えにし大坂峠に立ちてみさくるふるさとの町

何と半世紀たった今、この歌碑の楽譜が発見されたのである。


琴1 琴2
琴3 尺八
上段及び下段左が琴の譜面3P、下段右は尺八の譜面

発見したのは私と同級のOさん。
彼女は在学時に「筝曲同好会」に入っていた。
指導されていた先生が筝曲の大家、菊井松音氏に作曲をお願いし、作られた曲である。
尺八の楽譜も合わせ合ったが作者は不明である。

Oさんは琴の演奏家であり、歌も上手い。尺八も入り、この度録音された。
演奏は6分45秒である。

貴重な物であり、楽譜と録音を卒業生の会である「大中・三高会」の事務局に寄贈した。
本部や支部の総会、会報等で紹介し、卒業生に関心をもっていただければ幸いである。
[ 2017/03/22 15:23 ] 地域のたより | TB(0) | CM(0)

催花雨(さいかう)

昨夜来から冷たい雨が降っている。
今月に入ってから全く雨がなく、渇水状態であった。

四国の水がめ早明浦86%まで下がっている。
空気もカラカラに乾いていたので恵の雨となった。

桜蕾

冬に戻ったような寒さであるが、桜の蕾は着実に大きくなっている。

柳

八九間空で雨降る柳かな(芭蕉)

柳も一斉に芽吹き始めた。

桜の薄紅と柳の薄緑はよく似合う。

花を催す天つ雨、この時期に使われる雨を“催花雨”という。
桜にとっては大事な雨です。
昔の人は「雨は花の父母」といった。
「催花」=「菜花」から菜種雨、菜種梅雨という言い方もある。

この他春の雨には、
春雨、軽雨、春霖、紅雨、桜雨、木の芽雨、柳の雨、杏花雨、甘雨、養花雨・・・
など50を超える言葉があります。
さすが日本ですね。

この雨で桜開花の便りも、もう間近です。
[ 2017/03/21 10:14 ] 季語・歳時記 | TB(0) | CM(0)

春分の日・春分・彼岸中日

今日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日。
1948(昭和23)年に制定された国民の祝日、「春分の日」
また、二十四節気の一つ「春分」である。
雑節の一つ「彼岸の中日」にあたります。

日も真上春分の日をよろこべば (林翔)

太陽が真東から昇り、真西に沈む。
昼夜の長さがほぼ同じになる日である。(時正:じしょう)ともいいます。

これより西方 十万億の仏土を過ぎて世界有り 名けて極楽と曰う(阿弥陀経)

仏教の世界では、あの世(彼岸)とこの世(此岸:しがん)が最も近くなる日。
それがお彼岸とされている。

お彼岸と言えば、お墓参りとぼた餅ですね。

牡丹餅

最近は年間通じて“おはぎ”と呼んでいますが、春は“牡丹餅”、秋は“お萩”と呼びます。
ちなみに夏は“夜船(よふね)”、冬は”北窓(きたまど)“と言います。

餅と言っても「ぺったんぺったん」と杵ではつきません。
「つき知らず」を「着き知らず」にかけ、夜の船はいつ着いたのかわからない
ところから「夜船」。
同様に冬は、北の窓からは月が見えない、つまり「月知らず」という
ところから「北窓」名付けられています。
どうです!古人のこの感性、素晴らしいと思いませんか。

ぼた餅はもち米とうるち米を混ぜたものを蒸し、半分程度潰して丸めます。
このことから「はんごろし」と呼ばれることもありますが、嫌ですね。
それをこしあんで包みます。

小豆を使うのは赤色には災厄から身を守る、邪気を払うという意味からです。
秋のお萩は小豆が収穫直後で皮が軟らかいため、粒あんを使います。
今は保存がいいのでどちらでもいいのでしょうね。
親父は“とり付け”と呼んでいた。餡を取り付けるからか?
ついた餅は餡衣餅(あんころももち)、代表は伊勢の赤福、美味しいですよね。

最近は三色おはぎが一般的。
関西はきな粉・あんこ・青海苔、関東は青海苔でなく黒ゴマですね。
お好み焼き文化の影響なのでしょうか?
写真は今朝お供え用に作ったぼた餅、小ぶりです。


仏教信仰の国は多いですが、お彼岸は日本独特の文化です。
お米とあんを「合わせる」、中日にはぼた餅を仏壇に供え、
ご先祖様と「心」と「心」を合わせましょう。
食べるのはそれからです。

◆七十二候◆

・初候(十候):雀始巣(すずめはじめてすくう)
 雀が繁殖のため巣を作り始める頃。

・次候(十一候):桜始開(さくらはじめてひらく)
 全国各地から桜の開花が聞こえてくる頃。いよいよ、桜が咲く頃となってきました。

・末候(十二候):雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)
 春の訪れとともに、恵みの雨を呼ぶ雷が遠くの空で鳴りはじめる頃。
 「春雷」はあまり歓迎されせんね。

[ 2017/03/20 09:44 ] 季語・歳時記 | TB(0) | CM(0)

日本美術家連盟香川作家展(高松市美術館)

日本美術家連盟に所属する香川県在住の作品を集めた初めての
作家展が高松市美術館で開かれている。

その中に知合いの作家が二人いる。
その一人から案内状を頂いた。
先だっても岡山・高島屋で氏の個展を見たところであるが行かざるをえない。

洋画、日本画、彫刻の10名の作品、50点が会場一杯に出されている。
休みもあってか沢山の人で賑わっていた。

当然撮影禁止なので、パフで一部を紹介する。

作家展

作品はF50号 (1167x910)~F200(2590x1940)、100、200が主流。
最近の絵画は大きい物ばかりだ。

妻鳥健氏は6点、廃工場の鉄骨を描いた作品3点は以前見たもの。
鳴門の若布船を描いたはお初、月や猫も小さく配しうならせる。

水澤正信氏は4点。水牛にのり、憤怒の表情を浮かべた大忿怒は凄い迫力がある。

「永劫の思惟」と題する葛西崇氏の5点はいずれもアクリルで幾何学的な抽象画で
仏像を描き、これも迫力満点だ。

妻鳥氏と談笑していると、会社の同期とばったり出会った。
彼は会社が1991年に設立した文化振興財団で5年も在籍していた関係だけに
造詣が深い。自身も絵画を描いている。

文化振興財団といえば、曽根三千代さんは奨学生だった関係で私が研修所にいた時、
寄贈いただいた。
その時から濃淡のブルーを基調に、風と光をイメージした抽象のアクリル画を描いていた。
今も追い続けている。作品は他の奨学生の作品とともに研修所の入口に掲げられている。
新装なった研修所を文化の香り高い教育の場にしたかったのである。

見終わって彼の案内で隣接する画廊喫茶「三光館」でしばらく話し込んだ。
ここの店主は先輩二人と同級生ということだったが、若い。

流木や廃材、フジツボを利用した造形作家、四宮 龍氏の案内で
作品を見せていただいた。イラストも春らしく女子好みでひきつけられる。
今後の活躍を大いに期待したい。

彼とは4月の同期会で又会おうということで別れたがコーヒー代の支払を忘れた。
彼が払ったのだろう。
又会う時に、年だな~、でも久しぶりに楽しい一時だった。
[ 2017/03/19 15:39 ] 作品 | TB(0) | CM(0)